今日もメイド服に身を包んでいる。『わたしに全部任せて!』と蜜柑ちゃんに告げ、朝ご飯を終えた直後からお邸(やしき)の掃除を開始した。ただの掃除ではなく、大掃除だ。なぜなら、この邸宅(ていたく)はかなり大きいのだから。『だって、大手企業経営者の邸宅なんだもんね……』と呟いてから、掃除機のスイッチを入れ、日曜朝の大掃除へと踏み出した。
幾ら邸宅の規模が大きくともわたしは平気だ。体力には自信があるのである。頭脳にも自信があるけど、同じぐらい身体能力にも自信がある。『全部任せて!』と蜜柑ちゃんに言ったのは、せっかくの日曜日なのに蜜柑ちゃんをくたびれさせたくなかったから。わたしならば、この邸宅を隅々までピカピカにした後でも、疲労感はほとんどカラダに留まらない。
まず2階から手を付けた。アカちゃんや蜜柑ちゃんが寝起きしている部屋・バスルーム・シャワールームなどがあるフロア。他にもいろいろ興味深い場所はあるんだけど、文字数の都合で省略する。
2階のお掃除の後はもちろん1階のお掃除である。1階は2階よりも広々としている。ただ、朝ご飯の後でダイニング・キッチンは完璧にキレイにしていたし、2階のお掃除よりも体力を要するということは無かった。
× × ×
右腕を軽く揉みながら1階リビングの傍(そば)の廊下を歩いていた。利き腕が痛くなったワケじゃないから、本当に軽く揉むだけ。
メイド服は脱いでいない。午前中のお勤(つと)めは終わったんだけど、このメイド服もかなりカラダに馴染んできていたから、気に入ってしまい、普段着になるよりメイド服に身を包み続ける方を選んだ。
実は1階リビングだけは掃除機をかけていなかった。
『お父さんがもうリビングに向かってしまってるんです。今日の午前中いっぱいはリビングに籠城(ろうじょう)して、自分の趣味以外なんにも見えなくなるほど没頭すると思われます……』
お掃除開始の直前に蜜柑ちゃんにそう告げられていたから、アカちゃんのお父さんの領域(テリトリー)は『そっとしておいてあげる』と決めておいたのである。
しかしながら、時計の針は11時をとっくに回っており、『お昼ご飯はどんなモノが食べたいですか~?』とお伺(うかが)いする必要はあった。
静かにリビングに足を踏み入れる。アカちゃんのお父さんのご趣味の妨(さまた)げにならないようにする。
大企業経営者たる『アカちゃんパパ』はわたしの存在にすぐに気付き、
「おーーっ愛ちゃんかぁ。メイドのお仕事は楽しいかぁ!?」
と陽気に訊いてくる。
『ちゃん』付(づ)けで気さくに呼んでくる。アカちゃんとの付き合い、アカちゃんファミリーとの付き合いも相当長いのだから、彼女のご両親もわたしのことを身近な存在に感じてくれているのだ。
「楽しいですよ~」
答えるわたしは、アカちゃんパパのお名前を呼んでから、
「お邸(うち)のメイドさんが2人に増えたから、幸せなご気分なのでは?」
と言い、アカちゃんパパが座っておられる大きくて長い革張りソファに接近していく。
「幸せ2倍だよ。大きな声じゃ言えないけどな」
陽気に笑って答えるパパさん。
「じゃあ、わたしも言いふらしたりしません」
パパさんの陽気さに乗っていくようにして、笑って応えるわたし。
特大サイズの液晶テレビに眼を転じてみる。アニメが映っている。現代のデジタル制作のアニメではない。セル画で作画してるのよね。どれぐらい昔のアニメなのかな……80年代?
気にならずにいられないので、「このアニメ、なんてタイトルのアニメですか?」とパパさんに尋ねた。
『ビデオ戦士レザリオン』というアニメらしい。
『ビデオ戦士レザリオン』。1984年放映開始のロボットアニメ。当然ながらこんなアニメ初めて知ったんだけど、『ビデオ戦士』というネーミングがいかにも時代を反映していて、なんとも言えない可笑(おか)しさがこみ上げて来てしまう。
特大液晶テレビから少し目線を下げてみる。正方形のこれまた大きなテーブル上にフィギュアらしきモノが幾つも置かれていた。フィギュアといっても美少女フィギュアではなかった。鎧(よろい)のようなモノを装着した少年たちがテーブル上に立ち並んでいるのである。
「……『聖闘士星矢(セイントセイヤ)』ですか。」
口から声をこぼさずにはいられなかった。
まるまる4年間にわたり『漫研ときどきソフトボールの会』というサークルに入り浸ってきたがゆえに、立ち並んでいるフィギュアが何の作品のフィギュアであるかを言い当てるコトができてしまったのである。
「ぉおお!?」
裏返り気味の大きな声がわたしの耳に響いた。視線を直(ジカ)に当ててあげなくても、パパさんが興奮しているのが容易に感じ取れる。
「愛ちゃんもご存知か!! ――まぁもっとも、40年近く作品展開は続いているんだし、認知度の高さは変わらないよな。車田正美(くるまだ まさみ)先生もつい最近、週刊少年チャンピオンに新作を発表していて……」
放っておいたら4時間ぐらい語り続けちゃいそう。語り続けてあげておくのもそれはそれで良かったけど、お昼ご飯はちゃんと食べた方が良い……というキモチもあって、
「大学で所属してるサークルのコンセプトの半分が漫画研究会ですので。漫画やアニメ方面に執着のある人間がどんどん吸い寄せられてくるから、昭和61年に漫画連載が開始されて同じ年にアニメ放映が開始された作品のコトだって、自然と認知しちゃうんですよ」
と言いつつ、長~いソファの端っこの方にちょこん、と腰を下ろす。
「すげぇな愛ちゃん。『『聖闘士星矢』は漫画とアニメが同じ年に始まった』って知識までインプットしてんのか。そのサークルでどんだけ英才教育されてんだ!?」
某自動車メーカー経営者という立場とはギャップのあり過ぎる喋り方。正直とっても面白い。
が、やはりお昼はちゃんと食べさせたいから、
「『英才教育』の中身を知るのは、お昼ご飯を食べてからにしませんか? ねっ、おとーさん☆」
と、実の父娘(おやこ)であるかのごとくに、たしなめるキモチもちょっぴり含ませながら、昼食へと促すのであった。