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【愛の◯◯】3つのチョコレート

 

自撮(じど)り画像を送って来られてはいたものの、現物(げんぶつ)を目の当たりにしてしまうと流石にビビる。

……いや、『現物』という言い方は眼の前の相手に失礼か。

アカ子さんファミリーの邸宅。応接間的な場所。メイド服に身を包んでいる愛をおれは目の当たりにしているのである。

もちろんコイツのメイド服姿なんて初めて見る。メイドさんなりきり状態の愛がこの場所に現れた瞬間にビビってしまった。ビビった後で、『素材が最高だから、何を着せても似合ってしまう……』という事実を意識してしまい、体温が上がるのを抑えられなくなる。

「あらぁー」

からかうように愛は言い、

「今のアツマくん、メイド服姿のわたしにベタ惚(ぼ)れしちゃってるみたい」

と弾むような声で余計なコトを言ってくる。

アホンダラっ。

『ベタ惚れ』とか、そーゆー表現を軽々しく用いるなっ。

そんな身なりであんまり軽々しいコトばっか言うんなら、約束してたベイスターズのオープン戦観戦について行ってやらんぞ!?

「エッなんなのアツマくん、デレデレしながらピリピリしてるみたいじゃないの」

おれは黙って愛に向かって突き進む。

間近に立つ。『何を着せても似合ってしまう』という事実にいっそう説得力が増す。おれ同様に立っている愛を直視するのが難しくなる。

「もしやあなた、こんなにわたしに接近してくるってコトは――わたし手作りのチョコレートを今すぐにでも受け取りたいとか?」

こういう指摘が耳に響いたから、とうとうおれのパートナーを凝視してしまった。

長過ぎるぐらい長いけど鮮やか過ぎるぐらい鮮やかな栗色の髪がリボンでまとめられていた。そういう所に眼が行ってしまう理由が、自分でも分からない。

「こたえてよっ♫」

促してくるから、本格的にどうしようもなくなって、

「そーだよっ。早くおれに手渡してくれよっ。チョコレートを受け取るために邸(ここ)に来たんだから」

そうおれは答える。

答えた次の瞬間、包装紙に包まれたチョコレートらしきモノを愛が右手で持っているコトに気付いた。いつの間に持ってたんだ、その物(ブツ)はいったいどこから現れたんだ……!

立ちすくみ気味のおれに向かって、エメラルド色の包装紙に包まれたモノを愛は両手で差し出してきて、

「今週もお仕事お疲れさま。このチョコレートの糖分で疲労を回復してちょーだい」

と、おれの胸のあたり目がけて前傾姿勢になっていく。

 

× × ×

 

「……で、今晩も邸(ここ)に泊まり込むつもりであると?」

日は沈んだ。同じ場所に居るのだが、今は互いにソファに腰掛けている。

おれの真向かいで優雅に座る愛が、

「そのつもり。あなたの元に帰ってくるのは、もーちょっと待っててね☆」

と高らかに宣言する。

愛のソファへの腰掛け方が悔しいぐらいに優雅だ。『悔しいぐらい』ってどんな比喩だよ……みたいなツッコミは別として、長い長い丈(たけ)のスカートに包まれた脚の部分にどうしても視線が寄ってしまう。パートナーとはいえ、目線が不埒(ふらち)なモノと化すのは良くない。でも、忍耐が効かない。

「――どうしてあなた、視線が泳ぎまくり状態なの?」

訊かれたからギクリとする。もしこれが漫画であったら、『ギクリ』という擬音がおれの背後に描かれているコトだろう。

当然ながら、視線が泳ぎまくる理由を言う勇気はほとんど無い。

「なによー」

またしてもからかうように、

「なかなか慣れてくれないのね、わたしのメイド服姿に。『ご奉仕レベル』をもっと上げてあげようかしら?」

と言って、愛はおれを窮地に陥らせる。

まさしく窮地。

バレンタインデーだ。2月も既に中旬なのだ。暖房も効いているし、普通ならば寒気(さむけ)のようなモノはほとんど感じないだろう。

しかし、窮地の中の窮地であるがゆえに、ソファの上で凍(い)てつくようにおれは固まってしまっている。

まさしくまさしく『ヘルプ・ミー』的な状態……なので、エレガント過ぎる愛の姿を全く見られなくなってしまっていた。

するとここで、メイド服姿の女性(ヒト)がもうひとりご登場。

「たすかった……!!」

気付けば条件反射的におれは声を出していた。

アカ子さん宅の本来の住み込みメイドさんである蜜柑さんがこの場所に姿を現してくれたのが、それほどまでに嬉しかったのだ……!!

「助かったって、何がですか? アツマさん」

少しだけ苦笑の混じった微笑で蜜柑さんが訊いてくる。

「……おれ、蜜柑さんがやって来てくれなくて、コイツとのふたりきり状態が続いてたら、コイツに打ち負かされちまってたと思うんで」

「アツマくーーーん。その言い回しは、どーなのかなーーーっ」

いつの間にか愛は腕組み。いつの間にか愛は不満げ。

……構わず、

「ありがとうございます、蜜柑さん。おれを窮地から救ってくれて」

「それはどういたしまして。ところで――」

「え、なんでしょーか蜜柑さん」

そうおれが訊いたら、蜜柑さんは音を立てること無く歩いて、おれから見て左斜め前まで近付いてきて、

「忘れない内に、アツマさんにバレンタインチョコを差し上げたくって」

と言いながら、薄いイエローカラーの包装紙に包まれたバレンタインチョコをおれに見せてきてくれた。

「うわーっ。ありがとうございます」

おれはすぐに受け取ってあげる。愛とは違い蜜柑さんは年上の女性(ヒト)だし、愛なんかよりもずっと人間がシッカリしてるんだ。迅速かつ丁寧に受け取ってあげるのは当たり前だ。

受け取って、イエローカラーな包装紙を見つめていたら、

「それとですね。わたし、お嬢さまから、アツマさんへのバレンタインチョコを預かっておりまして」

と蜜柑さんの声。

うおおぉっ。

「アカ子さんからも、チョコが!! それはいったいどこに!?」

「少々お待ち下さい。急いで持って参りますので」

 

× × ×

 

アカ子さんからのチョコは手紙付きだった。

『いつもありがとうございます。わたし実は今、メンタルの矢印が下降気味なんですけれど……愛ちゃんが寄り添ってくれているから安心できますし、今日はアツマさんも訪ねて来てくれているので、安心も2倍です。本来ならば階下(した)まで下りてきてアツマさんと面会するべきなんですけれども、わたし、『アツマさんが来てくれている』というその『事実』だけで胸いっぱいなので……』

こんな風な文面。

読み進めていったら、顔を赤らめているアカ子さんのイメージが脳裏に浮かんできてしまって、文字に走らせる眼が少し逸れた。

イメージの中で具体的にどんな風に彼女が赤面しているのかだなんて、文字にできるワケも無い。

階下に下りて来られないぐらい彼女が照れているのを実感してしまったがゆえの『不覚』であった。

「アツマくん、どうしてあなたが恥ずかしげになるワケ?? 不審だわ」

いまだ真向かいに座っている愛が突っついてくるが、

「恥ずいんじゃねーよ。嬉しいんだよ、純粋に」

と、おれは半分だけウソをついた。

そしてそれから、

「『お返事』を、書くべきだよな。マンションに帰ったら、書く。おまえ便箋(びんせん)と封筒持ってたろ? おれに分けてくれ」

 

 

 

 




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