わたしはアカちゃんのベッドに腰掛けていて、アカちゃんはアカちゃんの勉強机の椅子に腰掛けている。
午後3時過ぎだ。暖かな陽射しが窓から入ってくる。天気は良好。
だけど、アカちゃんの顔から元気があまり感じられない。アカちゃんは凹(へこ)んでいると言っても良(い)い。
どうして、ヘコーン、と凹んでるんだろう?
「どうしたのかな。アカちゃんなんだか冴えないね」
気になったので、切り出す。
アカちゃんが真下に目線を落としてしまった。
これは、もしや。
「――わたしより先に社会人になる。留年するわたしを置いて行くみたいなのが、不安で、怖い」
敢えて指摘して、切り込む。
「年明けに既にキモチは伝えてきてくれてたけど、不安で怖いキモチ、まだ胸の中に留まってるのね」
ギクリとしたのか、アカちゃんの眼が見開かれた。
それから彼女の眼は弱い眼になり、顔を上げていくのが難しいような状態になってしまう。
ロングスカートの膝(ひざ)部分に密着させていた両手が少し震えているように見えたのが気になった。
「……愛ちゃんの、言う通りなの」
安定しない声で、アカちゃんは、
「どうしても、愛ちゃんを置いてけぼりにしちゃうイメージが、自分のココロから拭(ぬぐ)い切れなくて……」
わたしの大親友、ますます沈み込んでいっちゃいそう。
それはダメだな。イヤだな。
こんな時は、『変化球』を投げてみるべきかも……そう思って、
「アカちゃん。あなたのために、お酒を調達してきてあげよっか?」
途端にガバアアッ!! とアカちゃんの顔が上がり、
「お、おさけ!?!? おさけ!?!? いったい何を考えてるの愛ちゃん、現在(イマ)は平日の昼間……!!」
わたしは微塵(みじん)も動じず、
「平日の昼間からお酒が飲める猶予(モラトリアム)も、あなたにはあと少ししか残ってないのよ? あなたの気を晴らす手段は、何と言ってもアルコールよ」
呑(の)ませれば元気になる。紛れもなく本心だった。アルコール大好きな大親友だから、大好きなモノで立ち直らせる。彼女の性質を熟知しているからこその発想だった。この手段しか無いと思った。
だが、しかし。
アルコール飲料に対し前向きになるどころか、彼女は苦い表情になっていて、わたしの勧めに乗ってきてくれるような雰囲気が感じられない。
彼女がわたしを拒んでいるような気がして、背筋が冷える。……失敗しちゃった? アルコール推しは、愚策(ぐさく)だった? わたし、アカちゃんを、もしかしたら不愉快に……。
わたしは戸惑っていた。わたしの全部が戸惑っていた。
戸惑いが増し、混乱に成り代わりそうになる。
最高度に困っていたら、いきなりアカちゃんが椅子から立ち上がった。
緩やかにしかし着実に、わたしの座っているベッドに歩み寄ってくる。
アカちゃんの顔が見られない。怖い。
『ヘンなコト言って、ごめんなさい』というコトバが永遠に口から出せなくなりそうになる。
わたしの間近でピタリとアカちゃんが立ち止まった。
恐怖倍増し。
わたしの全身が怯え始めていた……んだけど、
「ぐすん」
という声が聞こえてきて、怯えが驚きに瞬時に変化した。
わたしがゆっくりゆっくりと目線を上げると、涙がこぼれるのを懸命に抑えようとしているアカちゃんが視界に入ってきた。
わたしに怒る気なんか最初から無くて、悲しみの度合いだけがグングン上昇していた……。それを、理解する。
どうやって受け止めるべきなのかを考えるヒマも彼女は与えてくれなかった。
なぜなら、わたしのカラダに向かって、自分自身のカラダをどんどん傾けていっていたから……!!
× × ×
時間は飛んで、翌日の朝。
「まだわたし食べられるわよぉ~~、愛ちゃ~~ん。お皿を片付けちゃイヤなんだからぁ~~~」
最高にアカちゃんらしいアカちゃんの寝言(ねごと)が聞こえてきている。
ひと足もふた足も早く起床したわたしは、アカちゃんと一緒に寝ていたベッドから脱出し、カーペットに置かれた丸テーブルに右肘(みぎひじ)をくっつけながら、間近でお眠り中の彼女を観察している。
彼女の大食いは大酒飲みに勝るほどの『萌えポイント』なのだ。幾ら食べても太らない。……漫画ね、完全に。
寝言を味わいつつも、彼女の麗(うるわ)しき黒髪に眼が行く。起床前で手入れもしていない状態なのに、パーフェクトにサラサラでツヤツヤに整っている。癖毛(くせげ)みたいなのが微塵も存在していない。わたしが妬(や)いてしまうぐらいに整っているのだ。
ロングストレートヘアとは言っても、自由奔放過ぎるぐらいに伸ばしたわたしの髪よりは短いから、手入れも幾分楽(ラク)なのかもしれないけどね……とか思っていたら、彼女がとうとう起き出すような仕草をし始めた。
起床から数分経ったアカちゃんはベッド上で正座。
アカちゃんに触れることができるほど間近で、わたしは両膝(りょうひざ)をカーペットに押し付けて両脚を後方に広げ、優しくジンワリと寝起きの大親友を見守ってあげる。
「わたしは3つ過(あやま)ちを犯してしまったわ」
眼を閉じながら言うアカちゃん。
「愛ちゃんを押し倒しちゃった。押し倒した後でしがみ付くように抱きついちゃった。夜になって、添い寝してくれていた愛ちゃんに過剰なスキンシップをしちゃった。……計3つ」
「はんせーしすぎなんじゃないのぉ?」
わざと戯(おど)けてみるわたし。彼女のキモチを軽くしたかった。
「あ、あ、あやまらなきゃ、でしょっ。わたし、大切な親友のあなたに、とんでもないコトをしちゃったのよ」
まだキモチが軽くならない彼女との距離をわたしは詰める。
そして、見上げてあげて、見つめてあげる。
戸惑いが産まれるから、ほっぺたに赤みが産まれる。100%想定内。
そんな彼女の右肩に、わたしはわたしのオデコを押し付ける。
彼女の背中に両腕を回すと同時に、
「『とんでもないコト』なんかじゃ無いわよ。わたしのカラダやお肌に頼るコトも、今のアカちゃんには必要不可欠なのよ」
と言いつつ、ふにゃりとした感触を楽しみ、味わう。