夕方。自分の部屋。ベッドに寝転がり、毛布に身を包んでいた。13時過ぎからずっとこうしていた。まるで病人みたいだ。
こんこんこん、と3回音がした。ドアをノックしてくる音。母が部屋の前まで来ているのは分かるけど、カラダにチカラが入らず、上手く起き上がれない。
母は自分からドアを開けて入室してきた。
「『お客さん』が来てるわよ」
そう言われた。
いったい誰なんだろう。
『誰が来たの?』と問う気力も無いけど、気になる。
気になり始めた途端に、
「あんたの後輩のタカムラかなえちゃん」
と告げられたから……わたしはひとりでに身を起こす。
約4時間ぶりに身を起こしたわたしだったが、毛布を抱き締めて縮こまる情けない姿を母に向かって露(あら)わにしてしまう。
「わざわざ学校帰りに立ち寄ってくれたのよ? ベッドから出て、いろいろちゃんとしなさいよ」
母のたしなめに対し、
「『いろいろ』って……たとえば」
と弱い声を出してしまう。
すると、
「あんた、パジャマのボタンが何個も外れた状態で自分の後輩の娘(こ)と顔を合わせるつもりなの?」
という指摘。
慌てて自分のパジャマを見た。本当にボタンが何個も外れていた。指摘されて初めて気が付いた。
× × ×
「パジャマ姿のモネ先輩も『これはこれで……』ですねえ」
エッ。
タカムラちゃん、それどーゆーコト。
思わずパジャマのボタンの状態を確かめるわたしに、
「風邪引(ひ)きさんみたい。」
という後輩女子の声が飛んでくる。
押し黙るしかないわたしに、
「『ココロが風邪引きさんになってるんじゃないですか?』って言ったら怒りますか?」
という声がブスリ、と刺さる。
痛いけど、本質的な事実を彼女は突き止めているから、降参して、
「怒らないよ」
とチカラの籠(こ)もらない声で言い、
「ココロの風邪、ずーっと続いてる。卒業式の日までに治るのかな? って、不安。不安になっちゃうから、ますます状態が回復しなくなる」
ベッドの先の方に腰掛けるわたしは視線を下げる。自分自身のつま先を凝視してしまう。弱くなるとつま先を見つめる。悪い癖(クセ)が直らない。
至近距離でカーペットに腰を下ろすタカムラちゃんが、
「もう1回お腹を押してほしいですか」
と告げたから、カラダがビクゥッ、と震える。
お腹をポン、と押されて、激励された。2月アタマの日曜日だった。
女の子が女の子に対してだからできる激励方法なんだけど、
「お腹じゃなくて……触るのなら別の部分を触ってほしい」
と声が弱々しいままキモチを伝える。
「ふうーん」
丸一日授業だったのに疲れを全く感じさせないタカムラちゃんは、
「ボディタッチは今日はやめときます。その代わりに――」
「――そ、その代わりに??」
「わたしモネ先輩と同じ方角を向きたい」
「え、えっ、どゆこと」
「だからぁ」
後輩女子は無邪気に、
「そっちのベッドに座って、先輩の隣に寄り添ってあげたいんですよぉ」
× × ×
タカムラちゃんはわたしの左隣に来た。
社会的なディスタンスがほとんど無い。もう少しで彼女の髪がわたしに触れちゃいそう。彼女のカラダの熱はとっくに感じ取っている。
「――抜き打ちチェック。」
ぬ、ぬきうち!?
「……驚き過ぎでしょ。先輩にはそんなに距離を遠ざけてほしくないんですけど」
ビビったわたしは一旦彼女から遠のいてしまったのだが、彼女のキモチに沿うように元通りの距離感になる。
「それでこそモネ先輩です」
「な……なにが『それでこそ』なの」
「抜き打ちチェックその1」
「たたたタカムラちゃん!?」
ビビリまくるわたしに構わず、
「昨夜から今朝にかけての睡眠時間を教えていただけませんか」
と訊いてくる。
情けなさ過ぎるから、睡眠時間がすぐには割り出せなかったけど、
「……6時間」
とどうにか答えた。
「それはちょーっと気がかりかなー」
後輩のはずなのに、まるでわたしの先輩のような口ぶりになって、
「ひょっとすると日付が変わった後までスマホをいじってたり?」
「……なんでわかったの」
「睡眠時間が6時間になった原因は限られてくるし」
そう答えてから、『先輩状態』のようになったタカムラちゃんは、
「今ここで『日付変更後のスマホ使用禁止令』を発令します」
と声高らかに。
× × ×
抜き打ちチェックがしばらく続いたから、タジタジになってしまった。
相手は後輩女子のはずなのに完全に負けてる。しかも、相手は2年生じゃなくて1年生。これほどまでに1年の子と立場が逆転するなんて……。
途中で母がやって来て、『差し入れ』をしてきた。ベッドの手前に小さなテーブルを持ってきて、温かいハーブティーを飲み、カントリーのマアムさん的なお菓子を食べた。
ハーブティーのおかげでココロも少し暖(あたた)まった。
後輩に主導権を握らせてばかりじゃいけない、『使命』というと大げさだけど、この日この時のタイミングで言わなきゃいけないコトがある、打ち明けて伝えなきゃいけないコトがある……。
そんなキモチがムクムクと膨らみ始める。勇気はたくさん必要だけど、言わないままに彼女を帰してはいけないコトがある。
打ち明けなきゃ。弱々しく言うんじゃなくて、出来る限りハッキリと。
「……タカムラちゃん」
「はい。なんでしょーか」
「わたし、なんだけどね」
「はい」
「今年度は大学入試全部受けないコトにした」
「……そうですか」
左手をゆっくりと彼女の背中に近付けていった。出来る限り優しく触れることを心がけて左の手のひらを彼女にくっつけた。
「ローニン、なんだけどさ」
「……はい」
「予備校とかに行くか、宅浪(たくろう)になるか、それはまだ未定」
少しだけの間(ま)の後で、
「承知しました。伝えてきてくれてありがとうございます」
とタカムラちゃんから。
かなり長い間(ま)を置いてから、わたしはちょっと大げさなまでに息を吸いこんで、それから、
「幼馴染の男子にカノジョができたショックがキッカケで浪人だなんて、そんなJK、日本全国にどのくらい居るのかな」
と言う。
そして、
「失恋の傷は簡単に癒(い)えない方が自然であっても。今年になってから、クリスマスイブの時のショックを超(ちょう)引きずって、ズルズルここまで来ちゃって」
と言い足す。
「勘一郎(かんいちろう)さんに、失恋……」
遠慮気味の声で言うタカムラちゃんに、
「そーだよ。幼馴染男子に見事に失恋しましたよ、と。これからアイツに、勘一郎に、どーやって接していけば良(い)いのやら。『見当つかない状態』」
「んーっ……。その問題に関しては、わたし、あんまし役に立てないかも」
「それが普通。かわいいかわいい後輩女子に背負(しょ)い込ませたくなんか無いし」
そう応えるわたしの声には少し元気が戻っていた。
元気が出始めてきたから……タカムラちゃんの背中にあてていた左手をタカムラちゃんの左肩に移して、タカムラちゃんのカラダを柔らかく優しく抱き寄せた。