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【愛の◯◯】今年は受験生の24歳のわたしに

 

フローベールの『感情教育』を読んでいたら、電車が湘南地方某駅に到着した。

駅を出たら、晴れ渡った綺麗な冬空が広がっていた。

これから、幼馴染のキョウくんに会いに行く。

 

× × ×

 

お昼ごはんを食べてから出発したから、キョウくんの家に着いた時には既に14時を過ぎていた。

 

大きめの液晶テレビに某・競馬中継番組が映し出されている。リビング。わたしとキョウくんの2人だけでソファに座っている。左隣のキョウくんとの距離は数センチしかない。

競馬中継を一緒に視(み)るのは今年初めてだ。大レースがあるわけでもないが、メインレースのみならず準メインレースまでも、インプットしてきた情報を余す所なくキョウくんに説明し、寄り添って競馬中継の開始時間を迎えた。

パドックをメインレースの出走馬が周回している。パドックが何なのかはとっくにキョウくんに教えている。

「むつみちゃんはパドックを予想に組み込まないんだよね。それで後悔したコトは無いの?」

左隣の彼からそんな声が聞こえた。

迷わずに、

「無いわ」

と答える。

「力強いね」

わたしの返答を「力強い」と形容するキョウくん。

パドックでの『イレ込み』とか、馬体重の大幅増減とかで予想を変えたりはしないわ。そんなコトでジタバタしたって仕方無いし」

わたしは豪語する。解説者を敵に回してしまったかもしれない。

しかし、わたしの勢いは止まらず、

「調教もそうよ。新聞の調教タイムなんて、見方すら分かんない。G1レースの時とか公式で調教映像流すけど、あの映像ほどつまんないモノもなかなか無いわよね」

と、記者やトラックマンの怒りに火をつけるような発言をしてしまう。

「飛ばしてるねえ」

すぐ隣に居る彼の苦笑いが簡単に眼に浮かぶ。

「飛ばすわよ~。わたしは真実を言ってるんだもの」

さらに勢いを止めずに、

「もっとも、調教じゃなくって、『調教師の名前』は見るけどね」

「『◯◯厩舎所属』とかを、予想のヒントにするの?」

「そーよ。やっぱりあなた、賢いのね」

「ははは……」

「あとは、産まれた牧場の名前」

「そこまで!?」

「そこまで見るの。よく知らない下級条件の馬でも、ノーザンファーム生産だったら、見る目が変わる」

ノーザンファームは、強い馬をたくさん生産してるよね」

独占禁止法に違反してないか心配なぐらいにね……」

そんなデンジャラスなコトを言っていたわたしだったが、メインレースの発走時刻が近付いてきたので、姿勢を正した。

 

× × ×

 

『直線コースに入る前の時点で、むつみちゃん、どの馬が好走するのか、ある程度分かってたよね。天才的だったよ』

キョウくんが、そうホメてくれた。

胸が満たされた。

 

さて、競馬中継はとっくに終わり、今は夕方のニュース番組を視ている。リビングの窓の外が、かなり暗くなっている。

ソファに2人きり状態は続いている。左隣の彼との間隔が数センチしかない状態も続いている。

共通試験2日目の模様をニュースが伝える。

わたしは少し背筋を伸ばし、両膝の上に両手のひらをくっつけて、

「来年はわたしも、ああいう場に居るコトになる。2日間の試験を闘い抜く」

「『闘い抜く』なんて、気負い過ぎかも」

そういう彼の御指摘が聞こえてきたので、

「そうかしら?」

と、思わず彼の顔に視線を寄せる。

「チカラが入り過ぎるのは、不安だな」

わたしの最大の理解者の1人である彼はそう言って、

「おれ、現役の時、センター試験でも本命の入試でも、チカラが入り過ぎちゃって、振るわなかったから」

「……わたしが愛情を注いでいれば、結果も違ったのかしら」

「えっ?」

「その時は、まだ、あなたと『再会』してなかったし。想い続けていたあなたに愛情を注ぐ機会も無かった」

芝居がかったセリフではあった。

自分自身の話しコトバを上手に制御できなくなりつつあるのは、事実。

少し目線を下げてしまいながら、

「――わたしは、1発で決めなきゃね。合格を、リーチ1発ツモで。お馬さんにうつつを抜かすのも、控え目にしておかないと」

24歳なんだから、競馬法違反でも何でもないんだけど、のめり込んではいけない年になるのは明白。

天気予報になったテレビ画面を見据えつつ軽く息を吸い、軽く吐く。

「だいじょーぶだよ、むつみちゃんなら」

温かな幼馴染の声が左耳に響いてきた。

瞬時に両方の耳たぶが熱くなった。

「だいじょーぶだ、絶対に、ね。きみは、天才肌を超えて、正真正銘の天才なんだから」

『どうして、このタイミングで……ホメちぎり過ぎなぐらい、ホメちぎるのかしら』

ココロの中で疑問を抱いた次の瞬間。

わたしの右肩に、キョウくんが右腕を回し……抱き寄せてきた。

 

× × ×

 

テレビは一旦消した。キョウくんの御両親はあと30分ぐらいで帰宅してくる。

いつもより大胆なキョウくんの温もりが尾を引いている。

だけど、

「あのね」

と、依然として彼と共にソファの上のわたしは、

「今夜はお泊まりして、明日の午前中に帰るでしょ」

と言い、

「晩ごはん食べた後のコト、なんだけど」

と言って、それから、

「わたし、あなたのお部屋で、受験勉強がしたいの」

と打ち明ける。

『ごくり』

そんな音がした。

彼の喉仏(のどぼとけ)が鳴る音だった。

わたしの中で、温かさと、恥ずかしさと、くすぐったさと、微笑ましさが、『ないまぜ』になった。

 

 

 

 




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