アツマです。
土曜日ですがお店で半日お仕事だったんです。今は、マンションに帰ってきて、羽根を伸ばしています。良(い)いよね、ソファの上でダラダラしたって。午前中あれだけ頑張ったんだもの。
『きみ喫茶店員だけど、あまり忙しそうに見えないよね? 本当に頑張ってるの?』という御意見は聞き流しておきます。
さて、愛が買い物から帰ってきた。
ダイニングテーブルに買い物バッグを置いた途端、
「だらしないわねー。幾ら仕事終わりで嬉しいからって。ソファの上で、まるでフニャフニャしてるみたいじゃないの」
フニャフニャ?
なに、その比喩は。
「おれがそんなに柔らかく見えるんか」
言うのだが、聴いているのか聴いていないのか判然としないままに、おれのパートナーたる愛は、
「夕食後のデザートは『おあずけ』よ、アツマくん」
と言い、嘆きの溜め息をつく。
× × ×
「そんなにだらしなくするべきじゃないわ。真面目に物事に取り組んでるあなたは、とってもカッコいいのに」
ソファのおれを見下ろしながら愛が言う。
「『とっても』って、どんくらい?」
とおれは訊く。
すると、愛は急に恥ずかしそうになり、おれに答えるのを躊躇(ちゅうちょ)。
躊躇したかと思えば、ほぼ真下を向き、おれに聞こえないぐらい微(かす)かな声を出す。
もしかすると、
『世界で一番……』
と言ってくれているのかもしれなかった。
夕飯を食うにはまだ少し早い時間帯である。おれを見下ろしていた愛は、フワリとカーペットに腰を下ろし、小さなテーブルを挟んでおれと向かい合う。
向かい合いになってから数秒後に、
「去年の12月22日に中山競馬場で行われたレースのコトを振り返るわよ、アツマくん」
「有馬記念のコトかよ? もう振り返り過ぎなぐらい振り返っただろ」
「まだ振り返るわよっ! わたしと葉山先輩が勝利の美酒に酔ったんだもの」
お馬さん大好き麻雀牌大好きの葉山むつみという女。有馬記念では、自分自身の馬券を購入するだけではなく、『クリスマスプレゼント』と称して、愛とおれに勝馬投票券を手渡したのであった。
そして、
「レースが終わってから数週間経過しても、バカ勝ちした葉山のドヤ顔スマイルが、未だに脳裏に浮かんできてツラいんだが」
「『バカ勝ち』なんて言っちゃダメよ。『大勝ち』と言いなさい」
「……8枠16番のシャフリヤールから、馬単マルチ総流し、だったよな」
「そうよ。ドウデュースが取り消したから、計28点。センパイは、『シャフリヤールくんとは昔から相性が良いから』って理由で、本命に指名して。シャフリヤールくん2着だったから、見事に万馬券をゲットしたというワケ」
「なんであんなにヤツは『引き』が良いんだ」
「葉山先輩だからよ」
「答えになっとらん」
おぞましいのは、万馬券となった馬単を、あいつがいったい『いくら持っていたのか』というコトだ。100円だけでは絶対になさそうだ。儲け過ぎじゃないっすか? 葉山さん。貴女(アナタ)はそんなに儲けて何に使うって言うのかね。
――勝利の美酒に酔ったのは葉山だけではなく、
「センパイがわたしにプレゼントしてくれたレガレイラの単勝、とっても美味しかったわ~~」
「『3歳牝馬だから、あなたに一番相応しい馬だわ』とかいうワケの分からんコトを言ってたよな、あいつ」
「いいのよいいのよ、ワケが分からなくたって。ハナ差圧勝だったけど、単勝オッズが10倍以上だったんだから」
そう、そうなのである。葉山から愛へのプレゼント馬券は、レガレイラの単勝だったのである。もちろん100円だけとかではない。1000円ポッキリとかでもない。
つまり、有馬記念がレガレイラ→シャフリヤールで決まったことで、愛も葉山も両者大儲けとなったのである。なってしまったのである。
最高に性悪な笑顔で、愛が、
「あなた1人が負け組になったのよね」
「……スターズオンアースの、『がんばれ馬券』」
「『レガレイラと同じ4枠だから』という理由でおれに馬券をプレゼントしやがったんだが、スターズオンアースは惨敗、そして引退……」
「残念だったわよねぇ。あなた『1人負け』なのが、最高レベルにあなたらしいと思うわ☆」
……うるせぇ。
ここで、愛が、どこからともなく、お馬さんのぬいぐるみ的なモノを持ってきて、小さなテーブルの上に乗っけた。
「なんだそれは」
「レガレイラちゃんの単勝馬券の払い戻しで買ったのよ。ハーツクライのぬいぐるみよ」
「ハーツクライ? 20年ぐらい前に走ってた馬じゃなかったか? よくは知らんが、ディープインパクトと同じ時代の競走馬だったようなコトを、どこかで……」
「あなた何にも知らないのね。レガレイラちゃんのお父さんがスワーヴリチャードくんで、スワーヴリチャードくんのお父さんがハーツクライくん。だから、ハーツクライくんは、レガレイラちゃんのお祖父(じい)さん」
「ふうん」
「ちょっとっ!! フニャけたリアクションはやめなさいよ!? 競馬の『ブラッドスポーツ』としての要素にもっと関心を持って」
「ふうーん」
「お、おバカ。競馬はただのギャンブルとは違って、血統みたいな『物語』を紡ぐ競技でもあって……。葉山先輩も、いつもそういうコトを力説していて……」
「1つ指摘していいか」
「指摘!? なにを!?」
「おまえ、競走馬に『ちゃん』とか『くん』とか盛(さか)んに敬称を付けてるけど、なんだかコドモっぽいぞ?」
「コドモなワケないでしょ!? コドモだったら、勝馬投票券の払い戻しなんて出来ないんだし!!」
――確かにね。
愛ちゃん、賢いねえ。