3学期が始まった。3年生は受験に向けてまっしぐら。2年生のわたしたちはクラブ活動の主力になり、1年生の子たちを引っ張っていかなければならない。
――申し遅れました。わたし、本田くるみっていいます。桐原高校放送部の部長に就任したばかりの2年生女子です。『髪がとっても長いよね。伸ばす理由は?』ってしばしば訊かれたりします。ロングヘア以外の身体的特徴は触れないでおきます。
3学期初日なので、午後になった途端に放課後。教室でお昼ごはんを食べ終えた後で、部長のわたしは放送部室のある校舎に直行しました。職員室で鍵を借り、部室のドアを開け、電気を点(つ)け、他の部員がやって来るのを待ち始めました。
ところが、現役部員よりも先にやって来た『偉大なるOG』が、2人もいて……!
× × ×
仕切られたスタジオで多くの部員たちが発声練習を頑張っている中、わたしは『偉大なるOG』への対応に追われていた。
部長職をわたしに譲って引退したはずの中川紅葉(なかがわ もみじ)先輩が、
「この部屋は暖かくてGOODだよねー。エアコンがちゃんとしていて、ありがたい」
「……そういう理由で居座るつもりなんですか」
真正面の紅葉先輩に言う。眉間にシワが寄ってしまう。
ミキサー付近。互いにパイプ椅子座りの向かい合い。『偉大なるOG』はできれば追い出したい。しかし、彼女たちの方が立場が強いがゆえに、『早く帰ってください』と言っても聴いてくれなさそうな悪寒がする。
それにしても、大学入試が迫っているというのに、紅葉先輩は余裕過ぎるんでは無かろうか。眉間にシワを寄せ続けて疑念の視線を送っているわたしに対して、笑顔を見せつけているばかり。
「わたし、3年生は、ここでヌクヌクしてる場合じゃないと思うんですけど。多くの3年生は、放課後になると同時に、自習室や塾や予備校に行って、受験勉強に勤(いそ)しんでいるはず……」
「くるみぃ」
厄介な旧・部長は、わたしに対して甘えてくるような声で、
「おカタい話はやめよーよ」
と言い、
「恋バナでも、やらない!?」
と、限度を超した発言をぶつけてくる……!
いい加減怒ったほうがいいと思ったわたしは、息を大きく吸い込んだ。
その時だった。
ミキサーから距離の離れた壁際から、ガタッ!! という音が突然響いてきたのだ。
ビックリして眼を向ける。
もう1人の『偉大なるOG』が、壁際の机の上を立って凝視していた。
秋本モネ先輩。この前まで副部長的ポジションだった人物。166センチの長身でスタイルが良く、旧・部長の紅葉先輩以上に『みんなのお姉さん』的な存在だった女子(ひと)。
突然響いた音はモネ先輩が椅子から立ち上がった音だった。長い脚のモネ先輩が机に向かって俯いているのが眼に映る。いったい何がキッカケで、こんな挙動を……?
「あ、あの、モネせんぱーい? なぜ、いきなり音を立てて立ち上がったりしたんですかー?」
不穏さを感じ取り始めながらも、わたしは彼女に問う。
彼女からのお返事が、来ない。
問いに答えてくれない不穏なモネ先輩は、綺麗な手指をペン立て代わりの缶に伸ばし、ボールペンを抜き取る。
それから、そのボールペンで、こつ、こつ、こつ、こつ……と、一定のリズムでもって机上(きじょう)を叩いていく……。
わたしの左横から紅葉先輩が、
「あ~。ダメだこりゃ。ダメな時のモネだ。こうなっちゃったら、そっとしておくのが身のためだよ」
× × ×
紅葉先輩&モネ先輩の厄介なダブルOGが放送部室を去ったのは16時前だった。
わたしはスタジオに入っている。スタジオにはもう1人。副部長たる寺井菊乃(てらい きくの)だ。
菊乃はもちろんわたしと同学年である。『正式に『副部長』という役職を設けよう』という話になって、菊乃がその役に就(つ)いた。つまり、菊乃は桐原高校放送部の『初代副部長』ということになる。
菊乃はツインテールがトレードマークの女子である。本日のツインテールも良く整っていて、もし金髪であったならばピカピカと光を放ちまくっていたことだろう。まぁ残念ながら金髪ではなく普通に黒髪なワケだが、ツインテールだけでなく凜々(りんりん)とした眼もいつも通りである。
スタジオから隔てられた、さっきまでわたしが『偉大なるOG』と渡り合っていた部屋では、平(ヒラ)の部員たちがダベり続けている。ダベる平部員(ヒラぶいん)どもを背にして、部長のわたしと副部長の菊乃は、机の上に置かれたプリントを見つつ、3学期の活動について打ち合わせをしている。
昨年から制作が決まっていた番組の形式・内容・その他諸々について話がひと段落した時だった。
菊乃が、
「くるみ、この後、時間ある?」
と、少し身を寄せて訊いてきたのである。
「部活帰りにどっかに寄りたいの? マックとか?」とわたし。
「んーっ。騒がしい店とかよりは、静かなとこが良(い)いかも」と菊乃。
『静かなとこが良いかも』という菊乃のコトバの意図を少し考えて、それから、
「真面目な話がしたい感じ?」
とわたしは問う。
苦笑いの菊乃は、
「真面目な話の方に入るんだろうけど、部活とはあんまり関係が無くって」
え。
いったいどんな方面についての話なの、それ……。
苦笑いを続ける菊乃が、
「今ここで耳打ちする、ってのでも良いかもしれないんだけど。でもやっぱ、放送部関係者の居ないトコロがベターかな」
「……ほんとに、部活とは無関係なワケ? 部の関係者が居ない方が良いなら、それは結局部と関係のあるコトなんでは……」
「ごめんごめん。言い方がマズかったかもね」
「……どゆこと」
「『部の活動とは関係ない。関係があるのは、部に関係する『人間』』。こう言えば良かったんだよね」
『人間』……?
それは、つまり、
「放送部関係者の中に、問題アリな人間が居るとか? 部費を着服して高価な買い物をした疑惑があるとか……」
そう言ったら、予想外にも、菊乃が今にも吹き出しそうなほどの笑い顔になって、
「そんなのじゃないよ。あのね、くるみ。部費着服疑惑みたいなのだったら、部の活動に関係してきちゃうでしょ? もっとプライベートなコトだよ。わたしの直感なんだけど、プライベートなコトでお悩み中の『センパイ』が、どうもいらっしゃるみたいなんだよねえ」
菊乃は、『センパイ』と言った。確かに言った。
「『センパイ』って、どの『センパイ』なの。気になるよ」
こちらからも身を寄せて訊くわたし。
しかし、菊乃は答えてくれず、椅子から腰を上げながら、
「もっと静かな別の場所で話そう? くるみは、移動中に、わたしの言う『センパイ』が誰なのか、推理して」
「ひ、ヒント。推理のヒントを」
焦るわたしに、不敵な笑みで、
「身長が163センチ以上の女子。――限られてくるでしょ? 背丈が高めのセンパイ女子は」