「愛ちゃん、お年玉あげよっか?」
そう言いながら梢(こずえ)さんがわたしに近付いてきた。
「またまた、ご冗談を」
わたしはお返事する。
梢さんはソファに背中を委ね、
「あ~っ、お年玉失敗だ~」
「自立志向が強まってるので」
わたしは理由を言う。
「自立志向?」
「ハイ。あと1年で大学卒業ですし、自分の足で立っていくことを真剣に考えて行かなきゃなーって」
本来なら2024年度で卒業のはずだった。でも、2年生の時につまずいちゃった。だから、留年が確定した。大学5年生になることが決まっている。「あと1年」と言ったのにはそういう背景があるのだ。
梢さんの背中がソファから離れた。
「私も『あと1年』だよ、愛ちゃん」
「え、梢さんもダブっちゃうんですか!?」
彼女は首をふるふると横に振り、
「ダブらないよ。春からは再び労働。『あと1年』ってのはね、このお邸(やしき)に『あと1年』居させてもらうってこと」
「あっ、お邸住(ず)みを延ばすんですね! 明日美子(あすみこ)さんにお願いしたんですね」
「うん。キモチを伝えた。明日美子さんの方からも、『梢ちゃんが残ってくれるのが1番嬉しいわ』って」
「流石は明日美子さん」
「だね~~」
× × ×
梢さんがもう1年邸(ここ)に居てくれる。嬉しいに決まっている。
温まったココロをホットコーヒーでさらに温めていた。
わたし専用のマグカップから口を離すと、後方から足音が聞こえてきた。
この足音は流(ながる)さんのものだ。彼がこの広いリビングに足を踏み入れてきたのだ。
彼の方に敢えて振り向かないで、
「流さん。お腹が空いてきてたりしませんか?」
「え……。どうしてぼくがここに来たって分かったの」
「お腹が空いてきたのかどうか答えてください」
わたしは微笑(わら)いながら追い詰める。
「……そんなには。食事はまだいいかな。お節(せち)料理のボリュームが凄かったし」
「あら残念。流さんのためだけにお料理を作ってあげても良かったのに」
口をあんぐりと開けているのか、彼からの声が返ってこない。
軽く苦笑いしてから、振り向いて彼の表情を確認する。
口はそんなに開いていなかったけど、恥ずかしそうに目線を下に向けていた。
余裕モードのわたしは彼の前髪付近をジットリ見ながら、
「分かります。分かりますよ。わたしなんかに作ってもらうより、カレンさんにお料理作ってもらう方が、流さんにとっては25倍幸せですよねぇ」
「に、25倍って、なに」
「2025年なので」
『カレンさん』とは誰か。――流さんの恋人さんなのである。カレンさんの方が年下だけど、カレンさんの方が立場は強めだ。
2人は長い交際(つきあい)なのである。カレンさんが高校生の頃からつきあっていた疑惑もあるがそれは別の話として、
「流さん」
とわたしはシッカリと彼に呼びかけ、
「カレンさんと、距離を縮めてくださいね。『これ以上縮まらない』なんて思っちゃイヤですよ。現在の距離からさらに距離を詰めるってことが、どんなコトに繋がるのか。……流さんなら、分かることができるはず」
× × ×
アツマくんは流さんよりもさらに不甲斐なかった。ベッドに腹這(はらば)いになって漫画単行本を読み耽(ふけ)っている。
『せっかくあなたのお部屋に来てあげたのに、薄情ね。わたしにもう少し気をつかったっていいでしょ。腹這いになるのなら、わたしの方向に腹這いになってよ……』
正方形のテーブルに両手を置きながら胸中(きょうちゅう)で不満を抱(いだ)く。
テーブルから両手を離して腕を組み、
「あなたが読んでるのって、『見える子ちゃん』って漫画でしょ」
「グオーッ。なんで分かったんだーっ」
……なによそのリアクション。全然愉快じゃないんですけど。
「『見える子ちゃん』ばっかり見ないで。わたしを見て」
要請。
するとアツマくんはパサッ、と『見える子ちゃん』を手から離し、身を起こし、わたしの方に向きを変えてくれた。
嬉しいからココロが解(ほぐ)れ、優しいキモチになっていく。
「わたしの端麗な容姿に眼を向けてくれてありがとう」
そう言って自分から性格に難ありなのを顕(あら)わにしていき、
「ここまで来たら、新年の抱負を聴かせてほしいわ」
と「おねだり」をして、自分自身のカラダの姿勢を整えていく。
× × ×
「抱負を言い切るのに30分もかかったわね」
「かかっちゃ悪いか」
「わるい」
「おい!」
「あ。今のあなたのリアクション、何だかカワイイ♫」
「おまえなーっ」
わたしはスーッとカーペットから立ち上がった。アツマくんのリアクションが可愛かったからだ。
静かに彼のベッドまで歩み寄り、静かに彼の右隣に腰を下ろす。
静かに彼の右手に左手を重ね、静かに彼の右肩に左肩を近付ける。
「わたしからも抱負を言ってあげないと、フェアじゃないわよね」
なぜかアツマくんの喉仏(のどぼとけ)が鳴った。
しかし、構わず、
「卒業論文を書くの。卒業が1年延びちゃったから、分量が普通の卒論の2倍になるかも」
「それって、許してくれるんか」
「どーしてあなたが戸惑ってるみたいになるわけ? 声が何だかフニャけてるし、顔つきも何だか中途半端だし」
「……質問をスルーされるのは、好きじゃない」
「そんなこと言うからあなたはダメなのよ」
「お、おいっ」
「8万字ぐらい卒論書いたって問題にならないでしょ。院進(いんしん)しないんだし、こっちの好きにやらせてもらうわ」
「8万字だなんて。そんなの読む方が大変だろ。指導教官の先生をあんまり困らせるなよ」
「あなたは指導教官を舐め過ぎ」
「ななっ」
「学内では優秀な卒業論文に賞が与えられるらしいから、狙ってみるのも良(い)いわね」
そう言った1秒後に、わたしはわたしの頭部をアツマくんの右肩に委ねて、甘え始める。
「そ・れ・か・ら」
彼の右腕に自分の左腕を絡めながら、
「教育実習に行く。教員採用試験も受ける」
と進路のコトにも触れていく。
「教育実習は、おまえの母校か」
「わたしから眼を逸らしながら訊くのは良くないわよ。よっぽと上半身の全部を包み込まれたいみたいね」
「ぐぐぐぐ」
「そうねえ~、ついに母校に行くのよね~。何かが変わっていて、何かが変わってないんでしょうね」
「やらかすなよ」
「言うと思った、あなたなら」
「やらかしたら、取れる教員免許も取れなくなる」
「やらかさないから。久々の母校は楽しみで仕方が無いけど、弁(わきま)えられるから」
「ホントかぁ!? 真面目には程遠いおまえが、果たして……」
「あなたはわたしを怒らせた」
「なあっ」
「……嘘よ。今年最初の嘘」
いったん彼から身を離し、床に降りる。
向かい合ってから、彼の左のみぞおち辺りに今年最初のパンチを食らわせる。
痛がらせるつもりなんか無かったし、彼も全く痛がっていない。
最大限に甘くした声で、
「応援、してよね」
と彼にお願いする。
それから、しっとりとした動きで、しっとりとした密着の仕方で、彼への『抱きつき』を開始していく――。