体育館裏。明智先生から貰ったスポーツドリンクを飲み切り立ち上がる。
本校舎へ向かって歩いていく。
体育館から少し離れた場所まで歩を進めたところで足が止まってしまった。
よく知っている20代半ばの男のヒトがわたしの前方に立っていた。
「志貴(シキ)ちゃん……じゃなくて、菱田先生」
いったん普段の呼び方をしてから、「先生」と呼び直す。
だいぶ年上の幼馴染の彼は何歩か近付いてきて、
「呼び直さなくてもいいじゃないか」
「呼び直すよ。学校では『先生』呼びで通すって決めてるんだもん」
「タメ口は変えないんだな」
ツッコミを胸に突っ込まれて、俯いてしまう。
「かなえ」
名前を呼ばれる。
「おれ、最初から最後まで、『KHK紅白歌合戦』のステージを観ていたよ」
「そうなんだ。それは、ありがとう」
「なんだよー。もっと喜べよ」
胸と喉の中間辺りに熱がこもり、何も言えなくなる。
「他の先生方も感嘆して居られたよ。『1年生が主導になってこんなイベントを開くなんて凄いね』って」
嬉しい。
でも、シキちゃんの口から伝えられると、恥ずかしい。
「かなえ。おまえは本当によくやっているよな。有言実行だったじゃないか」
シキちゃんの褒めコトバが直撃する。首から上が全部熱くなる。
「わっわたし、打ち上げに早く行かなきゃ。協力してくれたヒトがみんな待ってるの」
顔を逸らし、その場から動き出そうとする。
そこに、
「おまえはおれの自慢だよ、かなえ」
という声が突き刺さってきて……!!
× × ×
「タカムラちゃん、どーして紙コップ持ったまま棒立ちになってるの? なんだか乾杯の音頭も控えめだったし」
3年のモネ先輩に指摘されてしまった。慌てて紙コップの中のジュースを一気飲みする。
モネ先輩はわたしのことを良く理解してくれているから、声を掛けてきてくれたんだろう。
「すいません。余計なことを考えていて、打ち上げに集中できていませんでした。せっかく放送部の人達が放送部室の中をパーティー会場みたいにしてくれたのに」
ふっくらとした微笑を浮かべてモネ先輩は、
「『余計なこと』って、いったいなあに?」
空になった紙コップを持つ右手が少し震えるわたしに、
「わたしの卒業までに、教えてよ」
と、微笑みを絶やさず言ってくるモネ先輩。
ここでモネ先輩から逃げてしまうのは情けない。だけど、逃げたいというキモチが勝(まさ)って、わたしは足を動かし始めていた。
「ちょっとトヨサキくんの所まで行ってきます」
そう言うんだけど、
「今のトヨサキくんは難易度高いよ? 年上のおねえさんな女子に取り囲まれてるじゃん」
「それでも……わたしは」
「『余計なこと』の中身、今ここで言ってくれたっていいのに」
わたしは彼女の顔を見ずに、
「無茶振らないでください。言うのなら、卒業式の日に」
「――わたし、怒らせちゃった?」
「……いいえ」
× × ×
「いろんな意味でとっても疲れちゃったよ、わたし」
「でも、達成感はあるだろ」
わたしの右横でトヨサキくんが言う。わたし同様に壁に背中をくっつけて立っている。
わたしの介入も功を奏し、トヨサキくんはようやく先輩女子生徒による拘束から解き放たれた。
さっきまで彼に群がっていた放送部員の『おねえさん』達はテーブルを囲み、お菓子をつまみながらワイワイガヤガヤしている。
「達成感があるかないかなんて、言うまでもないし」
隣に立つ彼にそう答えてから、
「達成感も満足感も、あり過ぎるくらい。でも、これで満足し切ること無く、来年も再来年も積み重ねて行かなくちゃ」
「勝って兜の緒を締めよ、か」
「そんな諺(ことわざ)よく知ってたね。トヨサキくんのことナメてたよ」
「現在進行形でナメてるクセに」
「それはどうかなあ?」
「へ?」
わたしのコトバが意外そうな表情で彼は顔を傾けてくる。
気にせずに、構わずに、
「トヨサキくん。キミが居なかったら、『KHK紅白』、絶対に失敗してた」
と言い、
「ありがとう、本当に。ありがとうって言うの、かなり遅れちゃったけど」
と感謝する。
それから、
「キミに『ありがとう』を言うのって、もしかしたら、産まれて初めてかも」
と苦笑いしながら言う。
トヨサキくんはわたしの反対側を向き、放送部の先輩女子でひしめき合うテーブルまで行こうとする。飲み物かお菓子が欲しいみたい。
……今のトヨサキくんの顔面、どんな状態なんだろう。
感謝したわたしは、感謝された彼の顔面が、すっごく気になっている。