「Tシャツにウィンドブレーカーですか? お嬢さま」
蜜柑が言ってくるので、
「悪いかしら?」
と返す。
「悪いワケではありませんが、もっと『おしとやか』な洋服の方がお嬢さまには似合うのでは」
「蜜柑、わたしの一部分しかあなたは見ていないみたいね」
「一部分?」
「そうよ」
身を翻(ひるがえ)し、玄関の方角を向く。それから、
「Tシャツにウィンドブレーカーを羽織るのには、然(しか)るべき『理由』があるの」
後ろから蜜柑が、
「その『理由』、わたしに教えてくださいませんか」
と訊いてくるが、
「イヤよ。自分で考えなさいよ」
と、笑いながらわたしは突き放すのである。
× × ×
路線バスを使って商店街へと向かう。路線バスはそれほど利用しないが、時々乗ると楽しい。車内ではスマートフォンなんか一切見ず、窓の景色を眺めている。様々な発見がある。
下車したわたしは、アーケードの中へと入っていく。模型店でのアルバイトは午後からだった。午前中過ごす場所はもう決めている。
× × ×
「そんなのも素敵な格好だねえ、アカ子さん」
レコード店の御主人の針生(はりゅう)さんがTシャツとウィンドブレーカーを褒(ほ)めてくれた。どこの誰かさんとはやっぱり違う。わたしは幸せな気分で、
「ありがとうございます。褒めてくださって、とてもとても嬉しいです」
と感謝する。
「アレでしょ? 今日は午後から模型店でミニ四駆の大会があるんでしょ? それで、大会のスタッフとして相応しい服装になってるんだよね」
「おっしゃる通りです」
頷(うなず)いて、ホットコーヒーを口に含む。日曜日の朝にぴったりのジャズが店内に流れている。流石(さすが)は針生さんだ。BGMの選曲を針生さんは間違わない。
「男子小学生と渡り合うのも大変でしょ」
「最初は大変でした。だけれど、渡り合う『コツ』を覚えたので」
「それは興味深いな。良かったら私に教えてくれないか。他人には言い触らさないから」
あまり苦くないコーヒーを啜(すす)ったあと、苦笑い気味に、
「ごめんなさい。『企業秘密』なんです」
「企業秘密なら仕方ないな。流石は大企業の社長令嬢、ガードが堅い」
「あはは」
軽く笑ってから、
「企業秘密にする代わりに、レコードを買います」
「ありがたい」
「マッコイ・タイナー、ありますよね」
「あるよ」
× × ×
マッコイ・タイナー含めレコードを3つ買う。渋沢栄一1枚と北里柴三郎2枚。
さて、日曜日はまだ始まったばかりなので、今度は古書店を訪ねてみる。
「針生さんに買わされたんじゃないの?」
古書店の御主人の天堂(てんどう)さんはレコードの入った手提げ袋を見て言うけれど、
「買わされたんじゃないです。わたしの意思で買ったんです」
「そっかあ」
手提げ袋を覗(のぞ)き続ける天堂さんは、
「アカ子ちゃんも良い趣味してるねえ」
「わかりますか!?」
カウンターの天堂さんに向かって、思わず前のめり。
「げ、元気だね」
立ちながら前のめりのわたしは、
「元気です。すこぶる」
「すこぶる、か」
わたしはクルリと書棚の方を向き、
「この勢いだと、爆発的に本を買っちゃうかもしれません」
「願ってもないよ。こっちが潤(うるお)うから」
「ですよね。潤いますよね。わたし、このお店を潤わせたいキモチでいっぱい」
「ずいぶん入れ込むんだね」
「当然です」
「オッ」
哲学書系統の棚に歩み寄り、
「うわぁ、わたしが欲しかった本が3冊も棚に増えてる」
と言ったあとで、
「欲しかった本以外にも、わたしに読まれるのを待っていたみたいな本がいっぱい並んでる!」
と喜ぶ。
オーバーなリアクションだったかしら。ここに蜜柑が居たら、『はしたないですよ!!』だとか言われそう。でも、仮に言われたとしてもスルーすると思う。そもそも蜜柑なんて、このお店に来させたくない。
× × ×
古書6冊。平均2000円。ということは、合計金額は……もう、明らか。
レコードと古書にガンガン投資したら、お腹がすいた。
ので、バーガーの王様的な某ファストフードでお昼ごはんを食べる。
ファストフード店を利用するのも何ヶ月ぶりかしらね。
そういえば昔、ハルくんとデートしていて、ここのお店に入ってお食事した記憶がある。
ハルくん。
ハルくん、か……。
現在(いま)は彼は、地球の裏側に居るんだけれど。
「……ブエノスアイレスとかにも、キングなバーガーは存在してるのかしら」
自動ドアの前でセンチメンタルに呟いてしまった。
想い起こして、センチメンタルなキモチを呼び起こしてしまった。だけれど、泣きたくなるとか、そんな衝動は起こらない。起こらないし、起こさない。
自動ドアの前で立ち止まらずに、キングなバーガーチェーンの店内に進んでいく。
ワ◯パーの3個や4個じゃ物足りない気がするから、サイドメニューで穴埋めしようと思う。
わたしは、地球の裏側の彼氏よりも、現在(いま)でもたぶん大食いだし、なおかつ、幾ら食べても太らない。