「昨日テニスコートで試合したのよ」
「へー。誰とですか?」
「船岡(ふなおか)さんって娘(こ)。女子校時代の同級生。テニス部のエースだったの」
「実力があるヒトなんですね。それで、試合の結果は?」
「もちろん、わたしのストレート勝ち」
「あー」
あすかちゃんは可愛く微笑し、
「容赦無いんだから〜、おねーさんも」
「手加減するより良いでしょ?」
「たしかに。いえてる」
お邸(やしき)。あすかちゃんのお部屋であすかちゃんと2人きりなワケである。どちらもカーペットに腰を下ろしている。わたしは、楕円形の小さなテーブル上に置かれた夕食後のコーヒーを飲みながら、あすかちゃんとお喋りしている。
「昨日はスポーツの日だったから、スポーツをした……って感じでしょうか」
「そーよ。祝日の趣旨に合わせるの」
そう言って、わたしは、コーヒーの残りを飲み切る。
「もっとも、スポーツの秋なんだから、スポーツの日でなくても、できるだけカラダを動かしたいんだけどね」
「流石だな。わたし、おねーさんみたいなモチベーション無いや。身体能力も全然だし」
「あすかちゃんには『コレ』があるじゃないのよ」
小さな楕円形テーブルにコーヒーと共に置かれていた雑誌を持ち上げ、あすかちゃんに見せる。彼女が編集に携わっている『PADDLE(パドル)』という雑誌である。
「あなたは、身体能力に自信が無くても、文章を書く能力には大いに自信を持ってほしい。毎号とっても楽しみにしてるんだから」
手に取った『PADDLE』のページをぱらぱらめくってみる。先月末に発行された号。タイミング良く、スポーツ特集が掲載されていた。
「スポーツについて書く時、あなたの文章は特に冴え渡るのよね。スポーツ雑誌の編集者とか、スポーツ新聞の記者とか、とっても向いてるって思う。進路のコト、考えたりはしないの? もう大学3年の後期なんだし」
「まだ先の話ですよぉ」
「そうかなぁ」
「スポーツ新聞社にはたぶんエントリーしますけど」
「先の話って言いながら、ちゃっかり考えてるんじゃないの」
「えへへー」
楽しいやり取り。せっかくお邸に来てるんだから、あすかちゃんとこうやって和気藹々(わきあいあい)としないとね。お風呂に行く時間、30分遅らせるコトにしよっと。
× × ×
あすかちゃんの倍ぐらい長い髪を乾かすのに専念している。
「ごめんねえ。髪を乾かすのを待ってもらって」
前のめりな姿勢でもってあすかちゃんが、
「わたしが手伝ってあげましょーか?」
んっ……。
「何でもしますよ。おねーさんの栗色ロングヘアーのためならば」
距離を詰めてくるので、少し仰(の)け反(ぞ)ってしまう。
「キモチは嬉しいけど、自分のコトは自分でしたいなー、って。伸ばした髪には伸ばしたわたしの責任があるから」
「そーですか」
あすかちゃんは何故か正座になる。
「おねーさんの自己責任論は残念だけど。その代わり」
戸惑いつつ、
「その代わり……なぁに?」
と訊く。
あすかちゃんがこれから言うコト……ある程度、読めちゃうのよね。髪の乾かしを手伝う代わりに、あすかちゃんがしたいコト。たぶん、おそらく、8割以上の確率で、彼女は……。
あすかちゃんが、あすかちゃんのベッドがある方角を見て、
「せっかくおねーさんがこの邸(いえ)に『プチ帰省』してくれてるんだし、今夜は一緒に寝たいです」
わたしの読み通り……!!
思わず、あすかちゃん同様、ベッドの方を見てしまう。
「床に布団敷く手間が省けるでしょ」
彼女は朗らかなスマイル。
「理由はそれだけじゃありませんけども」
意味深なコトを言ってくる。
部屋に布団を運んでくるのが面倒くさいのは事実。
意味深スマイルを見つつ、わたしは覚悟を決める。
× × ×
『覚悟を決める』なんて表現、大げさよね。あすかちゃんが要求してこなくたって、1つのベッドで2人で寝る流れになってたと思う。
すんなりと彼女を受け容れ、ベッドに入る。壁際がわたしの寝る位置。左隣に、マスコットキャラクターのぬいぐるみを持ったあすかちゃんがやって来た。
「……『ホエール君』」
マスコットキャラクターの名前をわたしは呟く。
「ハイ。わたしの大好きな、吠えてるクジラのキャラクター。これは比較的新しいグッズで、抱きながら寝ると、目覚めが心地良くなるんですよ」
「まるで安眠グッズみたいね」
「安眠グッズも兼ねてます。……それはそうと」
「えっ?」
わたしの左手に『ギュッ』という感触。あすかちゃんが握ってきた。
チカラを込めて握ってきたかと思えば、いったん手を離し、今度は柔らかく包み込んでいく。
左手をフンワリと包まれて、くすぐったくなる。
「どうしたの? わたしの手に触らないと、寝られないの?」
「そーゆーワケでは無く。おねーさんの手がキレイ過ぎるので、ついつい」
わたしの手を『キレイ』だと褒めてきたコトは、これまでに何度もあった。でも、こんなに濃密に触れられるコトは、あまり憶えが無かった。だから、あすかちゃんの感触は、慣れない感触だった。
もちろん、彼女の感触を拒むワケではない。わたしだって……彼女に対してスキンシップはするし。
暗くなった天井を見ながら、左隣の彼女の次なる行動を予想する。
肩寄せ。抱きつき。あるいは、何の自慢もできないわたしの胸に飛び込むがごとく……。
しかし、予想は全部外れた。
わたしの頭頂部に、手のひらの感触。
何の自慢もできない胸と比べて、ある程度自慢もできる栗色の髪。その髪を、あすかちゃんが、撫で始めている。
「どうしてナデナデするの、あすかちゃん」
なんとも言えないキモチになってわたしは尋ねる。
「おねーさんが、好きだから」
甘い声が耳に届く。
「その答えじゃ、部分点しかあげられないわよ」
「きびしいなぁ」
「ナデナデするのなら、もっと繊細に」
「タハハ。きびしい要求だ」
わたしは天井に視線を預け続けている。
あすかちゃんのナデナデする手さばきが、だんだん心地良く感じられるようになっていく。