ヘッドスパが終わりを告げた。告げてしまった。
チカラが抜け、疲れも抜けた。正直、もう少しヘッドをスパされていたい。しかし、これ以上スパされていると、本格的な眠りに落ちてしまうかもしれない。
眠ってしまうのは良くない。
「ありがとうございました。癒されました、とっても」
もう少しスパされていたいという欲求を振り切り、美容師のサナさんに感謝する。
ここは美容院『アリア』。ぼくだけでなく姉やあすかさんもお世話になっている美容院だ。3人とも、サナさんが担当してくれているのである。
「とっても癒されたか! そう言ってくれるのがサイコーに嬉しいよ、利比古くん」
「どういたしまして」
「さて。次はマッサージだ。カラダだけじゃなくてココロもほぐしてあげる。わたしがキミの全部をほぐしてあげるよ」
ぼくの背後でサナさんが元気に明るく言う。彼女のニッコリ顔が鏡に映っている。
全部、ほぐされる。ありがたい、とってもありがたい。ここ1か月以上、カラダとココロのこわばりが持続しっぱなしみたいな状態だったから。
サナさんはかなり小柄だけど、腕っぷしが強い。マッサージの腕も信頼できる。『とりあえず』といった感じの平凡なマッサージとは全然違う。
期待を込めて彼女の「ほぐし」を待っていると、
「今回のわたしの全力マッサージで、利比古くん、目に見える風景が一変しちゃうかもしれない」
え。
「それは、世界観が変わってしまう……とか?」
「そんな感じ」
小さく笑う彼女。
その小さなスマイルに違和感を憶えていたら、
「贔屓(ひいき)の球団まで一変させちゃうようなマッサージがしたい!! 具体的には、横浜DeNAベイスターズから、広島東洋カープに!!」
えぇっ……。
「……無茶な。それは無茶ですよ、サナさん。いくらサナさんが彼氏さん同様『赤ヘル信者』だからって」
「きみのお姉さんにはこんなコト言うつもり無いのよねー。なんでかって言うと、彼女には『隙(スキ)』が全く無いから。どれだけ極上のマッサージをしたとしても、効き目無くて、横浜信者は変えられないと思うから。それに比べて、利比古くんだったら、案外簡単に『洗脳』できると思うし――」
「こっコワいコト言わないでください!! マッサージで、洗脳!?!?」
「ごめーん、表現が大げさ過ぎだった。ゆるして♫」
「……そんなにアッサリ謝られると、困ってくるんですけど」
「あのさ」
「ま、まだ何か……?」
「『とある2つの球団』のファンに意識を乗っ取られるよりは、わたしみたいなカープ信者に赤ヘル魂を注入される方がマシじゃない??」
「何を言ってるんですか!? 多方面からケンカを売られるような発言は慎みましょうよ!?」
「大きい声出るねえ〜〜! あっちの席のお客さんがビックリしちゃってるよっ♫」
「くっ……」
「男の子らしいのは大変ヨロシイけど、美容院で絶叫は禁物だゾ♫」