むくりと起きた。右横のテーブル上の置き時計が、マンションで起きるのとほぼ同じ時刻を示している。テーブルとは反対側の窓際に眼を転じる。ほんのりと明るい。小鳥の鳴き声と渾然一体となって、朝の光がカーテンの隙間から漏れ出ている。
淡い輝きを放っているカーテンの傍(そば)にベッドがあり、わたしと同い年のふたりの女の子が寄り添って寝ている。背が高くてモデル体型の甲斐田しぐれちゃんが、小柄でコンパクト体型の麻井律ちゃんのカラダを包んでいる。しぐれちゃんに引っ付いているりっちゃんが、お母さんに甘える小さな女の子にしか見えない。強気な性格の子なんだけど、色々あってココロの強さが鈍っていた。ココロの角(カド)が取れると同時に、見た目の角(カド)も取れて、眠っている顔などにフンワリとした柔らかさが目立っている。高身長でスタイルの良いしぐれちゃんに寄り添って寝ているから、可愛らしい幼さが際立つ。
15分ぐらい、ベッドで寄り添うふたりを眺めていた。朝の明るさが次第に増していった。読書ができるぐらい明るくなったので、わたしが寝ていた布団の枕元に置いていた文庫本を読み始めた。岩波文庫の正岡子規の紀行文集。だんだんと読み耽(ふけ)り状態になっていく。でも、ベッドの方で誰かが動く音がやがて聞こえてきたから、正岡子規を右横のテーブルに置き、再びベッドの方に眼を転じる。
目覚めたしぐれちゃんが身を起こしていた。傍らで「眠りの世界のお姫様」になっているりっちゃんに視線を注いでいる。大親友のりっちゃんに注ぐ視線には愛情が籠もっている。しぐれちゃんのお母さんの優しい眼差しとそっくりだと思った。優しさは母娘で似るモノ。今のしぐれちゃんはお母さん寄りのしぐれちゃんだ。
りっちゃんはまだまだ眠りの世界から脱却できなさそうに見えた。しぐれちゃんもそう思っているみたいで、優しさに満ちた苦笑いで、りっちゃんの寝顔を見つめている。
「おはよう、しぐれちゃん」
「おはよう、愛さん」
「――寝かせてあげようね。心ゆくまで」
「そうだね。睡眠時間の長さは大事だし」
「いつもより長めに眠らないと、ココロの辛さは癒されないと思うわ」
「同感だよ」
わたしもしぐれちゃんも、しみじみとりっちゃんを見守る。ささやかな寝息が聞こえる。
× × ×
しぐれちゃんが目覚めてから2時間近く経って、りっちゃんはようやく眠りから醒めた。寝起きの眼をゴシゴシとこすった。その眼にはうっすらと涙が滲んでいた。やっぱり、堪(こら)えていても涙が出るのを堪え切れない状態が続いているみたい。悪い夢を見たんではないかと心配になる。
「りっちゃん」
わたしは問い掛ける。
「変な夢、見ちゃった?」
りっちゃんは俯(うつむ)き、
「アンタの弟が、夢に登場した」
あっ。
それは、ヤバいかも。
「でも、今回の夢の中では、アイツ、おとなしかったから。ダメージは、そんなに無かったと、思う……けど」
慌てて、
「……けど?」
と、話の続きを促すわたし。
「アイツのイメージが次第に薄れていくような。そんなビジュアルを、夢の終わりの方で見てしまって。そこが辛かったし、今も、ココロがチクチクしてる」
たまらずに、わたしはベッドの間近に躙(にじ)り寄った。ココロがチクチクしてしまった彼女の顔を真剣に見上げる。仄(ほの)かに、なんだけど、涙のようなモノが目元に産まれ始めている。
りっちゃんに向かって前のめりになるしかなかった。そして、りっちゃんの背中に腕を回していくしかなかった。りっちゃんが痛くならないように注意して、抱き寄せる。
りっちゃんに感情移入しながらギューッとする。
嗚咽(おえつ)を抑え切れないりっちゃん。
泣くのがイヤになるまで泣かせてあげたい。そうすれば、彼女の涙が涸れるのが早まる。
× × ×
「麻井。あんた、偉かったよね。朝食の時、一度も泣きじゃくらなかったじゃん?」
しぐれちゃんがりっちゃんをホメる。今はりっちゃんだけがベッドに座っていて、しぐれちゃんとわたしはカーペット座りだ。
「そうね。よくがんばりました、だわ。この調子だったら、食事中にいきなり泣いてしまうのも無くなっていくでしょう」
しぐれちゃんに乗っかって、ホメてあげるわたし。
照れくさそうなりっちゃんは何も言えない。
しぐれちゃんが、
「あんたも、大学がある場所に、戻っていかなきゃいけないんだけど。まだ、私たち、ちょっと心配だから」
「……?」とりっちゃんは少し困惑。
「もっと、ここに留(とど)まってても、良いんだよ?」
告げるしぐれちゃん。
困惑が増し、
「あ、アンタの家でしょっ、甲斐田っ。あんまり迷惑かけられないよっ」
と言うりっちゃんだけど、
「迷惑なんて誰も思ってないよ。思ってないのが当たり前。あんたの余計なマジメさのせいで、『当たり前』に気付けてない。……もう少し、ここで生活した方がベターだよ」
と、しぐれちゃんに言われてしまったから、恥ずかしげになりつつ、口ごもる。
それから、助けを求めるように、わたしの方に眼を転じる。
そんな彼女に、
「しぐれちゃんと同じ気持ちよ、わたし。りっちゃんのココロが落ち着くまで、わたしもここで生活してあげる」
彼女はビクッ、と思わず背を伸ばし、
「……どういうコト? 愛さん」
と訊いてくる。
「美味しいご飯をいっぱい作ってあげて、夜はあなたの傍(そば)で寝てあげる。いつでも話し相手になってあげるから、なんでも遠慮なく言ってみて欲しいわ?」
本心で、わたしは答える。
りっちゃんは、困って、カーペットのわたしを上手に見下ろせられないけど、やがて、
「甘え過ぎると……大学(あっち)に帰っていけなくなるかもしれない」
と不安を漏らす。
わたしは、こんな不安ぐらい、容易く受け止められるから、
「甘え過ぎるぐらいが、今のあなたにはちょうど良いの。焦りは禁物よ。わたしたちを信じてちょうだい」
と言い、それから立ち上がって、りっちゃんが座るベッドに歩み寄って、りっちゃんの左隣にぽしゅ、と座ってあげる。
「ねえ、りっちゃん。背中、ナデナデしてあげよっか」
「え、え、ええっ」
「わたしの彼氏が、こういうのは得意で。彼氏仕込みの背中ナデナデで、あなたを癒やしてあげたいの」
驚いてわたしの顔を見上げるりっちゃん。
微笑みながら眼を合わせてあげるわたし。
わたしは、背中ナデナデをしてあげたい気持ちが、溢れそうなほど。