午後1時半を過ぎた頃、入り口ドアがカランカランと鳴り、若い女の人が入店してきた。
葉山むつみさんだった。
お冷やを持って行き、
「いらっしゃいませ、葉山さん」
と言う。
「おはよう、マオちゃん」
葉山さんはそうご挨拶。
もう午後なんだけどな。
でも、午後になっても「おはよう」と言うのって、たぶん彼女らしさなんだろうと思う。
「アポ無し来店でごめんね」
「いえいえ、町中華なんだし、アポとかとる必要も」
内心では、葉山さんの姿が見えた時に、ちょっとビックリしちゃったんだけど。
彼女と知り合ったあとで、彼女は何回かウチの店に来ていた。だけど、頻度は高くなかった。
「お昼のピーク、過ぎた感じね」
店内を見回しながら彼女はそう言って、
「冷やし中華を始めたのよね? それを食べさせてもらうわ」
「好きなんですか、冷やし中華が」
「好き」
× × ×
冷やし中華の色彩。
葉山さんの服装の色鮮やかさ。
葉山さんのキレイな顔立ち。
それらが、見事にマッチしていた。
冷やし中華を食べ終えた葉山さんの席まで行き、コップにお冷やを注ぎ足したけど、彼女と上手く眼を合わせられなかった。
夏の日の光みたいに彼女が眩しかったからだ。
「オーダーストップいつ?」
訊かれて、時刻を答えた。
「じゃあ、もう少し居ても良いわよね」
「大丈夫です、お客さんが大勢でやって来たりとかは無いですから」
やっぱり、葉山さんの顔が上手く見られない。眩しくて。
彼女に背を向ける。
彼女と自分とを比較して劣等感を抱いたって、どうしようも無い。
それは分かっている。
分かっているんだけど、彼女の眩しさに負けてしまった虚しさが、胸の奥で小さな凝(しこ)りになる。
なんでかと言えば、趣味の共有という一点において、彼女は『アイツ』と近しいから。
「創介(そうすけ)くんはどうしてるの?」
背後から訊かれた。
いきなり訊かれた。
ビックリドッキリするのを避けられなかった。
床を見つめ、
「『帰省する』って言ってきてるんです、実は」
「近日中に?」
「近日中というか、明後日に」
背中向けっぱなしのバカで情けないわたしに、
「宝塚記念が終わったから帰省してくる感じね」
ソースケと葉山さんには競馬という共通の趣味がある。
2人とも、競馬について深い知識を持っていて、通じ合えるみたいだ。
ソースケの居る福岡と東京とはWEB回線で繋がっていて、競馬談義のためのビデオ通話を2人は何度も重ねていた。
『ビデオ』通話、をしているという事実を思う時、わたしのココロにチクリと針が刺すコトがある。
わたしが葉山さんと出会い、親密になってからも、小さくて細い針ではあるけれど、刺さってしまうコトは少なからずあった。
そういう時の自分が嫌いだった。
『ビデオ』通話。ソースケと葉山さんが、お互いの顔を見ながら、話す。2人ともお馬さんが大好きだから、盛り上がる。
ヤキモチなんか焼く必要無いのに。
葉山さんはむしろ後押しをしてくれている。
『創介くんのコト、もっと好きになりたいでしょ、ずっと好きでいたいでしょ』
そう言われたコトがあった。
遠距離通話でソースケとケンカになってしまった時に、相談に乗ってくれたりもした。
だから、今、店の中で、葉山さんに背中を向けているのは、限りなく不誠実だ。
眩しい彼女に振り向かなければならない。
でも、彼女の眩しさに堪えられないかもしれなくって……。