自宅でキョウくんと朝から過ごしている。
キョウくんは湘南地方からわざわざ葉山家までやって来てくれた。しかも朝早くの電車で。ステキ。
ほんとうにステキなわたしの幼馴染。
わたしの好きな、幼馴染のオトコノコ……。
『むつみちゃん。さっきから勉強の手が止まってるみたいだけど、どーかしたの?』
あっ。
やばっ。
わたしは、
『勉強をさせてもらうわね。キョウくんは退屈しちゃうかもだけど、そんなに長い時間勉強しようとは思ってないから』
と、あらかじめ伝えていた。
でもって、自分の部屋の勉強机に向かい始めたワケだ。
しかし、しばらくして手が止まった。それをキョウくんは見逃さず、わたしの背中に声を掛けてきた、と。こういうコトである。
ゆるりとキョウくんに振り向く。
カーペットに腰を下ろして漫画を読んだりしてくつろいでいた彼。今は漫画単行本を手に持たず、
「もしかして、集中力、切れちゃった?」
と苦笑いで訊いてくる。
8割がた彼の言う通り。
なので、
「そうかもしれないわね。息抜きといきましょーか」
と言い、ジーッとキョウくんに視線を当てつつ、
「ピアノ、聴きたい?」
「むつみちゃん、ピアノが弾きたいの?」
「弾きたくなってきちゃった」
「いいね」
「いいかしら」
「いいよ」
……そっかあ。
キョウくんの「いいね」には間違いが無い。
だから、
「ピアノのお部屋に移動しましょっか」
と言って席を立つ。
キョウくんも立ち上がって、
「今日は、どんなジャンルの音楽を?」
「そうねえ。ジャズにしようかな」
「ジャズかーっ。むつみちゃんはホントに守備範囲が広いんだね」
「ありがとう。『令和のビル・エヴァンス』と呼んで」
「ビル・エヴァンス?? 誰それ」
「お、おしえてあげるよりも、じっさいにひいてあげたほうが、てっとりばやいからっ」
「なんで急に焦りだすかな」
キョウくんは、笑顔。
× × ×
そして弾き終える。
キョウくんの長い拍手が耳に届く。
満足し、キョウくんの方にカラダを向ける。
「盛大な拍手、ありがとう」
「アハハ」
「ところで」
「んっ? なに」
「わたしの履いてるロングスカート……どうかしら」
「エッ、『どうかしら』と言われても」
「このロングスカートは日曜日にしか履かないのよ」
「日曜限定? なぜに」
「『日曜になると、これが履きたくなる』って言った方が正しいかしら」
「ふうん」
「それで、あなたはわたしのロングスカート、どう評価する?」
「評価? 10点満点とか?」
「そうね。10点満点にしましょう。忌憚なき意見を聴かせてほしいわ」
「んーーーっ……」
押し黙ってしまう彼だった。
真剣に考えてるみたいだけど、真剣過ぎるみたいで、なかなか評価を下せないご様子。
『忌憚なき意見を』とか言っちゃったわたしが悪いのかも。
次第に彼に対する申し訳無さが芽生えてくる。
たぶん、無茶振りだったのよね。
わたしって、愚か……。ロングスカート1つで彼にここまで悩ませてしまって。
わざとらしくわたしは壁時計を見た。
お昼の出前がもう少しで届く時間帯だった。
だから、わざとらしく、
「やっぱりまた今度でも良いわよ、ロングスカートのコトは。もうすぐお寿司の出前が来るはずだから、ダイニングの方に移動しない?」
と言って立ち上がる。
そしたら、
「ちょい待って」
と彼が言ってきて、それから、
「結論が出た」
と告げて、それからそれから、
「10点満点。それ以外に無い」
と伝えてきてくれる。
ジワリとカラダが熱くなる。
× × ×
ダイニングテーブル。対面(トイメン)のキョウくんとお寿司を食べる。
「やっぱりホタテ貝柱を最後まで残すつもりなのね」
「むつみちゃんだって残してるじゃんか」
「あなたとわたしのフェイバリットな寿司ネタが同じ。それゆえ、あなたもわたしもホタテ貝柱を最後まで温存しちゃう」
「きみは昔から『お楽しみ』を最後までとっておくタイプだったよね」
「あなたもね」
「気が合うね」
「気が合うから……」
「え?」
「う、ううん。やっぱいい。変なコト言いそうになっちゃってた。わたしホタテ貝柱食べちゃうわ」
白くて丸い貝柱のお寿司にゆっくりと箸を伸ばし、ワサビ醤油を軽くつけてから口に持っていく。
柔らかくて、甘かった。
× × ×
午後2時を過ぎている。
午後3時から始まるフジテレビの某・みんなのためのお馬さん番組を観るために、キョウくんと共に大型液晶テレビの前に来ていた。
「視(み)たいチャンネルとかある?」とわたしはキョウくんに訊く。
「チャンネル決定権はむつみちゃんにあげるよ」とキョウくんは答える。
1つのソファの半分の距離しか、わたしと彼のあいだには無い。
そっと彼がリモコンを差し出してくる。
「ありがとう」
と言って、受け取って、
「ケーブルテレビの地域密着番組でも視て、お馬さんが走り出すのを待ちましょうか」
と、某・ケーブルテレビのチャンネルの番号を入力する。
眼に飛び込んできたのは渋谷区の某・美術館の建物だった。
「あ! この建物良いよね。実はおれ、この美術館に興味あったんだよ」
へえぇ。
「行ってみたいってコト?」
「いつかは行ってみたいね。建物もそうだけど……展示物も、建築の勉強の参考になると思うんだ」
「あなたはホントに素晴らしいわね。貪欲なぐらいの知的好奇心……。そんなトコロが、やっぱり……」
「やっぱり、の続きは?」
勢い余ってしまったのを自覚して、猫背気味にクッションを抱きしめながら、
『やっぱり、好きだわ、ってコトよ』
と超小声で呟く。
そしてそれから気を取り直して、
「『いつかは』とは言わずに、次に会う時に行ってみましょうよ。わたしも是非あなたと行ってみたいわ」
「じゃあ、決まりだね」
「決定ね」
お互いに顔を見合わせて、笑う。
以心伝心だから、嬉しくなる。
本日の某・安田さんを記念したG1レースのコトが、一時的にどうでも良くなる。
照れ笑いになりつつ、
「わたしのお父さんが、展覧会のチケットを手配してくれるはず」
「まじか」
「マジよ。お父さんには不可能なコトは無いの」
「そういう、ファーザーコンプレックスな面も、いいよね」
「……エッ」