タブレット端末でYou Tubeを視(み)ていたら、あすかさんがやってきた。
「利比古くんだ」
「あすかさん」
「利比古くん…」
「?」
「きょうも、オタク活動に余念がないね」
「ゆ、You Tubeはオタク活動じゃないですっ」
やれやれ……といった表情が、
やがて、柔らかく、穏やかな笑顔になって、
「ねえ」
と呼びかけるように言ったかと思うと、
「これ」
と――、彼女は、
バレンタインチョコを――差し出してくれる。
「なにが入ってるか、わかるよね?」
はい、わかります。
「バレンタインのチョコ以外に――考えられませんよね」
「そゆこと」
「――ありがとうございます」
「どーいたしまして」
「手作り……ですよね?」
「そこは疑ってほしくなかった」
「タハ……」
「『タハ……』じゃないよ。おねーさんには作り方、ある程度教えてもらってたけど、今回はほとんど自力だったんだから」
「姉は…チョコレート作りどころじゃ、ないですもんね」
「そーゆーことだよ。
今回は、おねーさんの気持ちも込めて、作ったの」
「お姉ちゃんの、気持ちも…」
「だから、ふたり分のチョコレート」
「なるほど……」
「納得してくれるならうれしい。大事に食べてね」
「いま、じゃ、ダメですか」
「ええええ、いきなり!?」
「新鮮なうちに……」
「チョコは魚じゃないでしょっ!!」
× × ×
「やれやれ」
「……すみません。無神経で」
「……」
「どうか、しましたか?」
「――、
1個なら、1個なら、食べてもいい」
「や、やったぁ」
袋から、1つだけチョコを取り出して、食べた。
甘い。
「――ぜんぶ食べたあとでさ、」
「なんですか?」
「感想文、書いてほしい」
えっ……。
「いわゆる……『食レポ』的な?」
「利比古くんの、舌と表現力を試したい」
舌と、表現力。
「字数無制限だけど、長文のほうがわたしは評価する」
「ずいぶん、無茶振りのような…」
「そりゃー無茶振るよ。利比古くんだもん」
「そんな」
「チョコの鮮度がどうとか言ってるだもん、あたりまえだよね」
「……。期限は?」
「決めてなかった」
「あすかさんっ!」
姉の……影響もあるのかな。
気まぐれだ。
× × ×
テーブルにチョコの袋を置き、引き続きタブレットでYou Tubeを視ている。
あすかさんは一旦部屋に帰って、ゆるキャラ『ホエール君』のぬいぐるみを携えて、再びリビングに戻ってきた。
ふにふに、とホエール君をひざの上でいじっているあすかさんに、
「そのホエール君は、1号ですか、2号ですか」
「1号」
「…なるほど」
「なにが…なるほどなのかな」
「不穏な口調にならないでください」
「ふぅ」と彼女はため息をついて、
「しょうがないなあ、利比古くんは」
「…きょうも、しょうがないなあ、って言われてしまいましたね」
「そんなに毎日言ってる!?」
「毎日、なんて、ひとことも言ってませんから」
「紛らわしいよ」
ぽす、とホエール君1号を手前のテーブルに置き、
「――このホエール君1号にはね、『青春』が詰まってるの」
「『青春』とか……また突拍子もない」
ぼくのツッコミを例によってスルーし、
「夏の思い出。
甘酸っぱい感情。
わたしだけじゃない、人の想い……。」
あいにく、さっぱり意味がわからない。
なにを言わんとしているのか。
「――チョコは、アツマさんや流さんにも、あげたんですか?」
流れを変えたくて、訊いた。
しかしながら、
「もうちょっと、ホエール君で、あそぼうよ」
いや……質問に答えてくださいよ。
しかも、なぜに5・7・5的なリズムで、話すのか……。
「…あげたよね? ホエール君。お兄ちゃんにも、流さんにも」
いや、ホエール君に向かって確認する必然性、ゼロですよね。
ラチがあかないままに――、
「ちゃんと、あげたってことですね」
「あ・た・り・ま・え」
「そんなに不満そうな眼にならなくったって」
「む~~」
「『む~~』は、余計な気が」
「利比古くん厳しすぎ!!!」
「……」
「また、そうやって黙り込む」
だれか助けて……と思い始めた矢先、
『利比古にパワハラかぁ? 良くないぞー』
ア、アツマさん。
救いが――!
「物騒すぎるよ、お兄ちゃん。わたしは、ただ――」
「ただ――、なんだ?」
無言でホエール君1号に視線を落とすあすかさん。
「利比古を、もっと大事に、してやんな」
これもまた、5・7・5のリズム。
さっきのあすかさんの「もうちょっと、ホエール君で、あそぼうよ」といい、川柳の才能に恵まれた兄妹なのだろうか。
――もとい!
「アツマさん、あすかさんは、おおむね、いつもどおりだと思います」
「そうかあ??」
「ただ、いつもと違うのは、きょうがバレンタインであることで、たぶんそのせいで、微妙にテンションの違いが――」
「利比古くんの、無理くり理論!!」
……わぁ、びっくりした。
「バレンタインだからって、いつもと同じでしょっ。きょうがバレンタインであることは……たしかだけど」
「あすか」
「なにお兄ちゃん」
「日本語崩壊を、おれは見た」
「バ、バカ兄(あに)」
「――めちゃくちゃなことを言ってるのは、おまえのほうだぞ、あすか」
「ううううう」
「せっかく――国語の成績、おれよりいいんだからさ」
「最高点、85点!!」
……そう、謎のことばを言い放ちながら、
あすかさんはキレて、ティッシュの箱をアツマさんに投げた。
× × ×
あとでわかったことだが、
アツマさんは、あすかさんからチョコをもらったら、速攻でぜんぶ食べきってしまったらしい。
「おれは食べるのが早くてさ」とは、本人の弁。
バレンタインチョコとの向き合いかたの――多様性か。
Diversity。