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あの頃の私はフル装備の戦闘民族だった〜一家の動力源だった頃の話〜

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マダム子君が小さい頃。

今では信じられないけれど、

ワタクシ、あの頃たしかに生きて動いてました。

 

 

 


あず夫氏の難病が悪化して、

入院→手術→退院→再発のループ。

 

 

 

そのたびに「じゃ、残り全部よろしく☆」って感じで、

育児も療育も病院の送迎も家のことも、ぜーんぶワタクシの肩にずしんと。

 

 

 


極めつけは、発作→入院→退院後にあず夫氏が

運転NGになった一年間。

 

 

 

田舎暮らしにおいてこれはもう、

一家の動力源が私のみという状態。

 

 

 


毎朝8時前に3人で出発。

田舎なので「一度帰る」という選択肢は削除。(時間が無い)

 

 

あず夫氏を会社に送り幼稚園にマダム子君を送り、

合間に自分の仕事や病院や用事をぶち込む。

帰りはデイや療育や病院などさまざま。

 

 

 

 

日によってスケジュールが違うから、

毎日がリアル人生テトリス

 

 

 


夕方にはあず夫氏の会社にお迎え。

帰宅は夜8時すぎ。

そこからマダム子君の風呂・食事・明日の準備、そしてまた明日へリスタート。

 

 

 


よく壊れなかったな、私の中の何か。

いま同じことをしろって言われたら、

たぶん脳のどこかが「プツン」って言うと思う。

 


スケジュール管理は紙とペンと気合い

誰も褒めてくれないから、

自分で「今日も全クリ」って言いながら寝てた。

 

 

 

マダム子君の関係では「お母さんがんばって」

あず夫氏の病院関係では「奥さんのご理解とご協力」

何度も言われるけど

誰もワタクシ本人を心配してくれる人はいなかった。

みんなそれぞれにがんばれと言う。

孤独でした。

 

 

 

 

 


あの頃の私に言いたい。

「お前、すげぇよ。今はもうできないけどな」

脳みそも体力も、きっと一回燃え尽きてから今ここにいます。

 

 

 

 

 

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