年末だ。今年はGWも盆休みもストックホルムにいたから、日本でこんなに長期に休むことは珍しかったのだと気づいた。部屋をたくさん片付けることができた。心の余裕が大事だったのだと気づいた。模様替えもした。7年住んでやっと理想のレイアウトになったかもしれない。
年をとったのか、1年を異様に短く感じる。今年やっていたことを月ごとにしっかりと話せる。大学生のときはこんなこと無かった気がする。人生の密度が下がったのか、長期に取り組んでいることが多くなったのか。
今年ずっとやっていたのは結局、英語だったと思う。取りたかったIELTS OA6.5は取れなかった。久しぶりに自分で立てた目標を達成できなかった。学業系は向いてないのかな。東大のOSの講義のテストも、結果を見ていないが、結果はからっきしだったと思う。大問の3は全く手がつかなかったし。一方で、今年は仕事はとてもうまくいったし、電気工事士の試験のようなものも出来たし、Javaのユーザーグループで登壇もできたんだけれどな。IELTSや東大のテストなど、高難易度なことをやりきる頭脳はやはり僕にはそなわっていないのかもしれない。
今の自身の不安のようなものと真面目に向き合うと、結局彼女と子どもを作るかどうかということなのかもしれないと最近思い至った。付き合って5年が経ち、そのほとんどを日本と欧州で別々で暮らしていると、一緒にいないということも慣れてくる。本当に一緒にいたいと思う年齢を別々に暮らしてしまった。若いときほど毎日ずっといないといけない、と思うことは減っている。このような自身の変化を受け入れると今の課題とは、英語や海外就職の壁で誤魔化していたけれど、本質的な問題は時間制限のある子どもの問題だ。最近、本能が子どもを作らなくて良いのかと問いかけてくる。理性は答えを保留しているが、子どもの問題はおおよそ現代人的な合理の問題ではない。本能がそうしたいならそうすればいいと僕は思う。先日彼女に、産むだけ産んで君は博士課程を修了してきたら良いと伝えたら、意外にもポジティブだった。彼女が日本にいるうちにこのプランの現実性を考えよう。そもそも僕達に生殖能力が正しく備わっているかもわからないのだから、まず検査に行くべきのようだ。
今年は何をしよう。直近の仕事や学業的目標を失ってしまって、手持ち無沙汰を感じる。