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臼杵市の映画館

(写真)臼杵市立臼杵図書館。

2024年(令和6年)8月、大分県臼杵市を訪れました。「臼杵市を訪れる」からの続きです。

 

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1. 臼杵市立臼杵図書館

1.1 図書館の歴史

三菱財閥の大番頭と呼ばれた荘田平五郎の寄贈によって、1917年(大正6年)には財団法人臼杵図書館が設立され、1918年(大正7年)には和風建築の図書館が竣工しました。戦後の1947年(昭和22年)には財団から臼杵町に移管されて臼杵町立臼杵図書館となり、1950年には市制施行によって臼杵市立臼杵図書館に改称しました。1970年(昭和45年)には臼杵鉄工所創業者である田中豊吉の寄贈によって、現行の2代目臼杵市立臼杵図書館が開館しました。

臼杵市の図書館の歴史は100年を超えますが、その間に用いられてきた図書館施設が初代と2代目のわずか2棟にとどまっている点は大きな特徴であるといえます。また、旧館の建物が荘田平五郎記念こども図書館として現存する点にも価値があります。

なお、現行館が開館した1970年(昭和45年)は、日本図書館協会が指針として『市民の図書館』を示した年であり、図書館運営や図書館建築のあり方のターニングポイントとされる時代です。現代に通じる図書館建築の黎明期ともいえ、2階中央部にある菱形の意匠などに斬新さを感じます。

(写真)臼杵市立臼杵図書館。

(写真)図書館の入口。正面の写真は寄付者の田中豊吉。

 

1.2 図書館の館内

一般書や児童書などはほぼすべて1階に置かれており、2階は郷土資料や学習席などのあるフロアとなっています。郷土資料の書架には「キリシタン」や「三浦按針」などの見出しがありましたが、これは臼杵城を築いた大友宗麟がキリシタン大名だったことや、キリスト教禁教令後も潜伏キリシタンたちが多かった地域であることが理由のようです。最も著名な郷土の偉人である野上弥生子コーナーもありました。

(写真)郷土資料の書架。

(写真)野上弥生子コーナー。

 

2. 臼杵市の映画館

2.1 臼杵宝塚映劇(1892年-1963年頃)

所在地 : 大分県臼杵市祇園洲(1963年)
開館年 : 1892年
閉館年 : 1963年頃

1892年(明治25年)には祇園洲に芝居小屋の暢心館(ちょうしんかん)が開場しました。戦後の映画館名簿にはまず臼杵劇場、次いで臼杵映画劇場(臼杵映劇)として掲載されており、1950年代後半には臼杵宝塚映劇に改称しています。

昭和30年代の経営者は伊豆丸徳雄であり、伊豆丸は同じ臼杵市の第二宝塚(後の祇園遊楽・アート遊楽)、竹田市の有楽映劇、大野郡三重町の三重宝塚、大野郡大野町の文化劇場の経営者でもありました。伊豆丸徳雄は三重町を拠点としていたと思われ、昭和30年代後半には臼杵宝塚映劇の経営者が河野春治に代わっています。住宅地図や郷土資料では臼杵宝塚映劇がどの地点にあったのかはわかりません。

(写真)臼杵市に4館が掲載されている『映画便覧 1963』時事通信社、1963年。

 

2.2 臼杵東映(昭和初期以前-1964年頃)

所在地 : 大分県臼杵市田町(1964年)
開館年 : 昭和初期以前
閉館年 : 1964年頃
跡地は「見星寺」北西20mの駐車場。

臼杵川の河畔にある大橋寺の門前から北東には本田町と裏田町の通りが延びており、裏田町の突き当りには鐘楼門のある見星寺がありますが、見星寺の北側には臼杵東映がありました。いる2館の片方であり、戦前の名簿には銀杏座として掲載されています。おそらく銀杏座の読みは「イチョウザ」だと思いますが、臼杵市はギンナンの産地だそうです。なお、かつて東京都北区には十条銀杏座という映画館がありました。

(写真)臼杵町に銀杏館(銀杏座)と遊楽座が掲載されている『全国映画館録 昭和11年度』キネマ旬報社、1936年。

(写真)臼杵市の映画館マップ。

 

(写真)東映映画館(旧銀杏館)が描かれた昭和30年代の裏田町・本田町周辺。『臼杵史談』臼杵史談会、109号、2019年9月。

 

2.3 臼杵遊楽館(大正時代以前-1980年頃)

所在地 : 大分県臼杵市本町184-2(1980年)
開館年 : 大正時代以前
閉館年 : 1980年頃
跡地は「臼杵簡易裁判所」南西70mの建物。

臼杵遊楽館も銀杏座と同様に昭和初期から映画館名簿に掲載されています。臼杵市街地の中心点と言えるのは臼杵公園南西の無名交差点ですが、臼杵遊楽館はこの交差点南側のブロック中央部にありました。戦後の経営者は祇園遊楽・アート遊楽と同様に井東十四生です。

 

2.4 祇園遊楽・アート遊楽(1959年頃-1982年頃)

所在地 : 大分県臼杵市祇園洲(1982年)
開館年 : 1959年頃
閉館年 : 1982年頃
跡地はスーパーマーケット「コープうすき」北東70mの「富士タクシー」など。

伊豆丸徳雄は1959年(昭和34年)頃に第二宝塚を開館させると、昭和30年代後半には臼杵遊楽館の経営者である井東十四生に経営が引き継がれました。臼杵遊楽館と祇園遊楽・アート遊楽はいずれも1980年代初頭頃に閉館し、臼杵市から映画館がなくなりました。臼杵公園の北東にある無名交差点南東のブロックにありました。

(写真)臼杵公園(臼杵城跡)。

 

臼杵市の映画館について調べたことは「大分県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(大分県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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