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安芸太平館を訪れる

(写真)安芸太平館。

2024年(令和6年)8月、高知県安芸市を訪れました。かつて安芸市には映画館「安芸太平館」、「安芸祇園座」、「安芸大映」があり、安芸太平館の建物は現存しています。

 

1. 安芸市を訪れる

安芸市は高知県東部の中心都市です。高知県では高知市に次いで市制施行が早かった一連の都市のひとつであり、1954年には安芸市に加えて中村市(現・四万十市)、宿毛市、土佐清水市、須崎市が市制施行しています。

現在の安芸市街地には土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が通じており、市街地北端部にある安芸駅は古くからそこにあるかのように見えますが、土佐くろしお鉄道は2002年(平成14年)に開業した新しい鉄道路線です。1930年(昭和5年)から1974年(昭和49年)までは土佐電気鉄道安芸線が安芸市に通じていましたが、土佐電気鉄道の安芸駅は市街地西端部にあり、太平館や祇園座がある地域とは1.5kmも離れていました。

(地図)戦前の安芸市街地。ひなたGIS

 

安芸市民会館や安芸市体育館などが集まる公共施設群の一角に安芸市民図書館があります。安芸太平館の情報などを集めたかったのですが、この日は休館日でした。

(写真)安芸市民図書館。

 

2. 安芸市の映画館

2023年(令和5年)3月には高知市民図書館と高知県立図書館の共同運営によるオーテピア高知図書館を訪れ、高知県内各市町村の住宅地図を書庫出納して映画館の跡地調査を行いました。オーテピア高知図書館が所蔵する安芸市最古の住宅地図は1971年(昭和46年)版であり、営業していたはずの安芸太平館の場所はなぜか空白となっているのですが、安芸祇園座と思われる場所には「劇場跡アキヤ」、安芸大映と思われる場所には「安芸劇場跡アパート」が描かれており、安芸市街地にあった3館全ての跡地を特定することができました。

 

2.1 安芸大映(1952年頃-1961年頃)

所在地 : 高知県安芸市西浜2121-2(1961年)
開館年 : 1952年頃
閉館年 : 1961年頃
跡地は「安芸市清和集会所」北40mの民家数軒。

(写真)安芸市に3館が掲載されている『映画便覧 1958』時事通信社、1958年。

 

2.2 安芸祇園座(戦前-1973年頃)

所在地 : 高知県安芸市東浜770(1973年)
開館年 : 1949年8月
閉館年 : 1973年頃
跡地は「東浜簡易郵便局」北東110mにある2棟の建物。

(写真)安芸市に2館が掲載されている『映画便覧 1970』時事通信社、1970年。

 

2.3 安芸太平館(1925年頃-2002年頃)

所在地 : 高知県安芸市本町1-6-15(2002年)
開館年 : 1925年頃
閉館年 : 2002年頃
映画館の建物は「東浜簡易郵便局」西南西50mに現存。

(写真)安芸太平館が掲載されている『映画館名簿 2002』時事映画通信社、2002年。

 

2. 安芸太平館を訪れる

2.1 映画館の立地

安芸市街地にあった3館のうち、安芸大映のみは離れた場所にありますが、安芸太平館と安芸祇園座は約150mの距離にあり、2館の周辺は居酒屋や焼肉店が建ち並ぶ歓楽街となっています。

1952年(昭和27年)の安芸市街地の航空写真を見ると、芝居小屋として竣工したという安芸祇園座の建物の立派さが窺えます。祇園座の建物は短辺が通りに面する妻入であり、建物前は十数メートルの広場となっている点も一般的な劇場の立地ですが、安芸太平館は建物の2辺が通りに面している点が珍しい。

(写真)1952年の安芸市街地における太平館と祇園座。地図・空中写真閲覧サービス

 

2.2 映画館の建物

安芸太平館の南側の通りに面した場所に建物入口があり、通り沿いの壁面の一部にはポスター掲示板が設置されています。右側には『あの試走車を狙え』(1967年、大映)と『狙撃』(1968年、東宝)、左側には『螢川』(1987年、松竹)と『母』(1988年、松竹)という、異なる二つの時期の映画ポスターが貼られているのですが、2002年(平成14年)頃の閉館時に上映された作品なのでしょうか。

(写真)安芸太平館の建物。

 

建物の外壁はピンク色のモザイクタイルで覆われており、最下部の数十センチのみ赤色のモザイクタイルが使われています。入口の右手にはチケット売り場の小窓があり、小窓の上部には青色の背景に白抜きで「TAIHEIKAN」という文字が見えます。

この文字の上部には大映のロゴマークのような図形が見えますが、大映専門館ではなかったはずの太平館に大映マークが描かれている理由はわかりません。なお、1961年頃に安芸大映が閉館した後、太平館では東宝・大映・日活に加えて洋画が、祇園座では東映・松竹に加えて洋画が上映されていたようです。

2か所に出入口の扉がありますが、左側の扉の脇には上映時間表の看板があり、晩年の上映時間は「10時開始」「14時開始」「18時開始」の一日3回上映で固定だったようです。看板の上部には「冷暖房設備専門 南四国UH工業株式会社」という会社名が書かれています。

なお、2か所の扉には『ZIPANG』(1990年、東宝)、『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』(1994年、東宝)、『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』(1996年、東映)、『劇場版! 地獄先生ぬ〜べ〜』(1996年、東映)などの1990年代の作品とともに、『女賭博師奥ノ院開帳』(1968年、大映)『結婚します』(松竹、1969年)という1960年代の作品のポスターが貼られています。

(写真)安芸太平館の建物と小窓部分の拡大画像。

(写真)安芸太平館の建物。

(写真)安芸太平館の建物。

 

安芸太平館の経営者は1950年代から2002年(平成14年)頃の閉館時までずっと(!)水田定実です。定実は安芸太平館に加えて、1972年(昭和47年)頃までは安芸郡田野町の南海劇場も、1983年(昭和58年)頃までは安芸郡奈半利町の奈半利平和劇場も経営していました。

なお、水田定実の弟は高知市のあたご劇場の経営者だった水田兼美であり、あたご劇場は定実が建てたとされています。兼美もやはり長期間あたご劇場の館主であり続け、兼美の死後も後継者が営業を続けています。

ayc.hatenablog.com

 

安芸市の映画館について調べたことは「高知県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(高知県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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