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東南アジアに関係する梵鐘

(写真)徳林寺梵鐘。

東南アジアに関係する梵鐘を紹介します。

 

1. 東南アジアに関係する梵鐘

1.1 覚王山日泰寺梵鐘(名古屋市千種区、1985年)

愛知県名古屋市千種区法王町にある覚王山日泰寺は、日本とタイ王国の友好を目的とする寺院です。特定の宗派に属さない超宗派の寺院であり、各宗派の管長が持ち回りで住職を務めるという方式が採られています。1904年(明治37年)、名古屋の政財界の尽力で千種区の丘陵地帯に10万坪の敷地が用意されて創建されました。東京帝国大学教授の伊藤忠太が設計した奉安塔にはタイ王国から寄贈された釈迦の遺骨が安置されています。

(写真)覚王山日泰寺鐘楼。

 

梵鐘は1985年(昭和60年)に京都市の岩澤徹誠(会社名は岩澤の梵鐘)によって鋳造されたものです。梵鐘表面には鋳造の背景が記されており、梵鐘中央の文字はタイ文字で「釋迦牟尼佛」という意味とのことです。鋳造時の覚王山日泰寺住職である鷲見弘明は、東浦町の乾坤院や名古屋市天白区の泰増寺(いずれも曹洞宗)で住職を務めた後に日泰寺代表役員や日泰寺専門僧堂堂長を務めた僧侶です。

(写真)覚王山日泰寺梵鐘。

(写真)覚王山日泰寺梵鐘に記された由来記。

昭和五十九年七月十六日 私はお招きをうけてバンコク王宮に伺候 御斡旋をいたゞいた、江崎真澄衆議院議員と共に、タイ國國王ラーマ九世プミポン陛下にお目にかゝり日泰寺本堂の落成を御報告申しあげたところ、懇切な御祝辞と共に勅額一面と金銅釋迦如来像一体を頂戴致しました日泰寺梵鐘中央の浮彫りはこの勅願を写したものでタイ文字で「釋迦牟尼佛」と記されており、左右の御紋章はプミポン國王並びに当山開基・ラーマ五世チュラルンコーン大王のものであります

昭和六十年十一月十五日 覚王山日泰寺代表役員 鷲見弘明



1.2 徳林寺梵鐘(名古屋市緑区、2008年)

愛知県名古屋市天白区天白町野並相生にある徳林寺は曹洞宗の寺院であり、大正年間にこの地の観光地化を意図して創建された新しい寺院です。現住職の高岡秀暢が外国人支援を行っていることで知られており、2021年(令和3年)には仏教伝道文化賞沼田奨励賞も受賞しています。建造物では山門や鐘楼などがアジア的な印象を受けます。

(写真)徳林寺山門。

(写真)徳林寺鐘楼と梵鐘。

 

徳林寺梵鐘の表面には由来記が記されています。覚王山日泰寺梵鐘の鋳造者は日本の梵鐘メーカーでしたが、徳林寺梵鐘は2008年(平成20年)にベトナム中部のフエ市で鋳造されたものとのことです。梵鐘の内側には鋳造者名と思われる文字が記されています。

(写真)徳林寺梵鐘。

 (写真)徳林寺梵鐘。

 

なお、梵鐘の由来記は日本語、サンスクリット語、中国語の3か国語で記されています。

世界平和祈願 相生山大梵鐘之因縁

およそ人類は歴史始って以来戦争の惨劇をくり返しています。二十世紀を顧みると二度の世界を巻き込んだ大戦が何千万人もの尊い生命を奪いました。記憶に新しいベトナム戦争の非人道は忘れ得ません。二十一世紀になった今日もアフガニスタンイラクを始め世界各地で不条理な戦争が続いています。戦争はひとえに分断と差別によって引き起こされます。

お釈迦さまは全ての生命が平等であることを説き証し人類の安寧と世界の平和を宣広されました。お釈迦さまの平和の託宣はいつまでも梵鐘の声とともに人に安らぎを与えます。人類は皆仲良く共に生きるようにとお釈迦さまの〇〇は梵鐘の声となって世界へ響き渡ります。真に世界平和を祈う私たちの心です。この相生山大梵鐘は仏教を日本で学問するアジア諸国の留学生が縁でベトナムフエ市で造られました。アジアの諸仏教が出会って実現したこの大梵鐘は私たちが共に平和のために働く礎となることでしょう。

仏暦二五五二年 平成二十年八月十五日 徳林秀暢謹記

(写真)徳林寺梵鐘。サンスクリット語と中国語で記された由来記。




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