
(写真)宝珠寺梵鐘。
朝鮮鐘の意匠を持つ梵鐘を紹介します。いずれも戦後に日本で鋳造された梵鐘ですが、和鐘にみられる帯状の袈裟襷が存在せず、肩口と口縁には朝鮮鐘にみられる唐草模様が廻らされているという特徴があります。「口縁に特徴がある梵鐘」からの続きです。
1. 朝鮮鐘の意匠を持つ梵鐘
朝鮮半島で製作された鐘のうちで、次のような特徴を備えたものをいう。竜頭が単頭であって、その頸を半環状に曲げて懸吊の役目をし、かつその両前肢を備えていること、竜頭の背面に甬があること、鐘身に袈裟襷がなく、鐘身の上端と下端に一周する装飾帯を持ち、内に宝相華文や唐草文を浮き彫りし、上端の下縁に接して凹字形の四箇所の乳郭を設けて各三段三列の九乳を配置し、鐘身下半空白部には撞座のほか、天人、菩薩等の像を浮き出しで鋳付けるのが普通である。
坪井良平「第四部 朝鮮鐘」眞鍋孝志 編『新訂 梵鐘と古文化』ビジネス教育出版社、1993年

(写真)朝鮮鐘。坪井良平「第四部 朝鮮鐘」眞鍋孝志 編『新訂 梵鐘と古文化』ビジネス教育出版社、1993年。
1.1 光西寺(愛知県阿久比町、1950年鋳造)
愛知県知多郡阿久比町宮津にある光西寺は真宗大谷派の寺院。下見板張の板塀や蔵などが残る宮津集落の中心部にあり、旧道がクランク状に折れ曲がる地点にある鐘楼がアイスポットとなっています。
もとは天台宗の祐正庵という道場でしたが、観応元年(1350年)に一向宗に改宗し、永禄4年(1561年)に現在地に移転すると、慶長18年(1613年)には祐正庵から光西寺に改称しています。鐘楼は1922年(大正11年)に建立されています。なお、阿久比町横松には横松大工という同宮細工集団がおり、また彫常という彫刻師の名跡もありました。

(写真)光西寺。

(写真)光西寺梵鐘。
梵鐘は1950年(昭和25年)春に三重県桑名市の中川祐次(中川梵鐘)が鋳造したもの。肩口には乳を囲むように唐草模様が施され、下部の口縁にも唐草模様が施されています。梵鐘上部の乳は3列3段の9個が4辺にあって計36個。乳の造形は和鐘よりも凝っていて花のようにも見えますが、和鐘の乳と比べると高さがありません。
『阿久比町誌 資料編 7 信仰』(阿久比町、1994年)には各寺院の沿革などが詳細に記されていますが、なぜ朝鮮鐘の意匠を持つ梵鐘が鋳造されたのかはわかりません。


(写真)光西寺梵鐘。

(写真)光西寺梵鐘。
1.2 龍光寺(愛知県東海市、1953年鋳造)
愛知県東海市荒尾町にある龍光寺は曹洞宗の寺院であり、1900年(明治33年)に地元住民によって創建された新しい寺院です。周辺には浄土宗の西方寺を筆頭として6軒もの寺院があります。山門には「富潤山」という山号の扁額が掲げられていますが、鐘楼にも同様の扁額が掲げられているのが珍しい。

(写真)龍光寺。

(写真)龍光寺鐘楼と梵鐘。
梵鐘は1953年(昭和28年)6月に桑名市の中川祐次が鋳造したもの。線の描き方などは光西寺梵鐘よりも和鐘に近いのですが、表面を縦に貫く線が存在しないため大きな面が形成されています。乳は4列3段の12個が4辺にあって計48個。乳の個数は同一鋳造者の光西寺梵鐘と異なりますが、造形は光西寺梵鐘と同様に見えます。絵柄は飛天する天女です。

(写真)龍光寺梵鐘。

(写真)龍光寺梵鐘。

(写真)龍光寺梵鐘。
1.3 宝珠寺(愛知県碧南市、鋳造年不詳)
愛知県碧南市音羽町にある宝珠寺(ほうしゅじ)は曹洞宗の寺院です。天文12年(1543年)に創建され、境内には「永井直勝生誕地」碑があります。周辺は大浜てらまちと呼ばれるエリアであり、宝珠寺を含めて10の寺院が点在しています。立派な鐘楼門や本堂を持つ海徳寺の裏手にあるため、宝珠寺には気づかずに通り過ぎてしまう方も多そうです。

(写真)宝珠寺。
宝珠寺梵鐘の形状は光西寺梵鐘や龍光寺梵鐘とは明確に異なり、上部と下部の口径の差が大きいなで肩状です。肩口には他の朝鮮鐘と同様に唐草模様が施されていますが、口縁には唐草模様ではなく渦巻き模様が施されています。中央部の大きな面には、飛天する天女が大胆に描かれています。
梵鐘の内面には鋳造者として京都市の岩澤徹誠(会社名は岩澤の梵鐘)と陽鋳されています。鋳造年はどこにも記されていないように思われます。

(写真)宝珠寺梵鐘。

(写真)宝珠寺梵鐘。