
(写真)泉性寺梵鐘。
2025年(令和7年)12月、新潟県新潟市の西堀通りにある寺町を訪れました。「新潟市西堀通寺町の梵鐘(1)」「新潟市西堀通寺町の梵鐘(2)」からの続きです。
1. 西堀通寺町の梵鐘
1.7 真宗寺梵鐘(1987年 老子次右衛門鋳造)
真宗大谷派の真宗寺には1987年(昭和62年)に富山県高岡市の老子次右衛門(老子製作所)が鋳造した梵鐘があります。西堀通寺町では真浄寺と蒲原浄光寺も老子次右衛門の梵鐘を持っており、老子次右衛門は西堀通寺町の8個中3個を占めて最大勢力となっています。富山県と新潟県は同じ雪国で気候が似通っている点、近畿・中部・関東などのメーカーと比べると輸送が容易な点などが理由でしょうか。

(写真)真宗寺。

(写真)真宗寺鐘楼。

(写真)真宗寺梵鐘。
昭和十六年勃発の大東亜戦争により前梵鐘を供出 以来永年の悲願結願し昭和六十二年四月旧態に復し再建す
真宗寺梵鐘には再鋳の経緯(由来記)が陽鋳されています。1942年(昭和17年)頃には金属類回収令によって梵鐘が供出され、1987年(昭和62年)にようやく再鋳したとのことです。真宗寺鐘楼には約45年も梵鐘が吊るされていなかったことになります。

(写真)真宗寺梵鐘。

(写真)真宗寺梵鐘。
1.8 蒲原浄光寺梵鐘(1955年 老子次右衛門鋳造)
老子次右衛門の鋳造者の銘は「高岡市 鋳物師 老子次右衛門」というのが定番ですが、1955年(昭和30年)に鋳造された蒲原浄光寺梵鐘では「高岡市 鋳物師 七十八叟 老子次右衛門」とあり、1878年(明治11年)生まれの7代目老子次右衛門が78歳の時の作品であることがわかります。

(写真)蒲原浄光寺。

(写真)蒲原浄光寺鐘楼。


(写真)蒲原浄光寺梵鐘。
1.9 泉性寺梵鐘(1953年 香取正彦鋳造)
泉性寺の鐘楼は装飾が抑えめの切妻屋根です。梵鐘の鋳匠は鋳金工芸作家として人間国宝に選定されている香取正彦、監督はその父で文化勲章受章者の香取秀真です。香取正彦は100点以上の梵鐘を鋳造していますが、私は愛知県犬山市の本龍寺梵鐘(香取正彦と老子次右衛門の併記)で名前を見たことがあるくらいです。線描のようにして描かれた天女の絵柄が美しいのですが、梵鐘の表面の劣化が進んでいます。

(写真)泉性寺。

(写真)泉性寺鐘楼。

(写真)泉性寺梵鐘。

(写真)泉性寺梵鐘。

(写真)泉性寺梵鐘。