
(写真)金壽堂。
2025年(令和7年)12月、滋賀県東近江市長町(おさちょう)を訪れました。「長村鋳物師の里を訪れる(1)」「長村鋳物師の里を訪れる(2)」からの続きです。
近江国愛知郡長村に拠点を置いていた鋳物師集団の「長村鋳物師」、全国の寺院に梵鐘がみられる「金壽堂」の2者をWikipedia風に紹介します。
1. 長村鋳物師
長村鋳物師(おさむらいもじ)は、滋賀県愛知郡長村(豊椋村、湖東町を経て現在は東近江市長町)を拠点としていた鋳物師集団。
長村は古くから鋳物師の里として知られ、かつては長村の大半の家が鋳造業に関わっていたとされる。2019年(平成31年)3月には株式会社金壽堂が鋳造する「長村梵鐘」が滋賀県伝統的工芸品に指定された。
1.1 歴史
1.1.1 中世
遅くとも南北朝時代には近江国滋賀県愛知郡長村に鋳物師がいたとされている。愛知郡愛荘町東円堂にある東漸寺梵鐘(もとは豊満神社 - Wikipediaの鐘)は康暦元年(1379年)鋳造であるが、長村の鋳物師である道欽の名が刻まれており、長村鋳物師が登場する現存最古の鋳造物である。この梵鐘以外には中世の長村鋳物師の活動を記した史料が発見されていない。中世の近江国における鋳物師集団としては、長村鋳物師のほかに八日市鋳物師もいた。
1.1.2 近世
江戸時代の長村では梵鐘や鰐口などのほかに、鍋・釜・鋤先なども鋳造しており、長村で鋳造される鍋釜は長村鍋として名声を博していた。長村で歌い継がれているたたら節には「色は黒ても 長村鍋は 長村鍋は 白いお米を ままにする」と歌われている。
江戸時代に長村鋳物師が梵鐘を送り出した範囲は彦根藩領が中心であり、主として愛知郡・神崎郡・蒲生郡の範囲だった。なお、江戸時代の文政11年(1828年)に編纂された『諸国鋳物師名寄記』には長村鋳物師が掲載されていない。
1.1.3 近代・現代
1880年(明治13年)に刊行された『滋賀県物産誌』には鍋釜の鋳物師として長村が紹介されている。
戦時中には金属類回収令 - Wikipediaに従って梵鐘の供出が行われ、滋賀県からも多数の梵鐘が供出された。戦後にも長村鋳物師は梵鐘の鋳造を継続したが、1955年(昭和30年)頃には廃業したり転業する鋳物師が増えた。
1987年(昭和62年)時点の湖東町長において伝統的鋳造技術を伝えるのは、黄地佐平が経営する株式会社金壽堂のみだった。滋賀県に範囲を広げても金壽堂と五個荘町三俣の西澤梵鐘鋳造所の2軒のみだった。
2. 金壽堂
株式会社金壽堂(きんじゅどう)は、滋賀県東近江市長町273に本社を置く企業。1917年(大正6年)創業。1949年(昭和24年)設立。東本願寺 - Wikipedia梵鐘や牛久大仏 - Wikipedia梵鐘などを手掛けたことで知られる。
2.1 歴史
2.1.1 長村鋳物師
近江国愛知郡長村(現・滋賀県東近江市長町)は古くから鋳物師の里として知られ、長村鋳物師という鋳物師集団がいた。かつては長村の大半の家が鋳造業に関わっていたとされ、最盛期の長村には5軒ほどの鋳造所があった。
2.1.2 近代の黄地佐平家
1879年(明治12年)、黄地金右衛門の息子である初代黄地佐平が鋳物師としての修業を開始した。1921年(大正10年)1月には本家が鋳造業を廃止したため、56歳の初代黄地佐平が独立して本家の工場を引き継ぎ、鋳造業を開始した。1926年(大正15年)12月1日には初代黄地佐平が死去した。1928年(昭和3年)頃には現在の敷地に移った。
太平洋戦争中には全国の寺院の梵鐘の多くが金属類回収令によって供出された。

(写真)大正時代竣工の工場。
2.1.3 現代の金壽堂
戦後には全国で梵鐘の再鋳需要が高まり、黄地佐平は1946年(昭和21年)秋に梵鐘の鋳造を再開した。1949年(昭和24年)8月5日、黄地佐平は最新設備を導入し、株式会社金壽堂鋳造所を設立した。1954年(昭和29年)10月にビルマ(現・ミャンマー)で世界仏教徒会議が開催された際には、金壽堂で鋳造された梵鐘がビルマに送られた。
1961年(昭和36年)には2代目黄地佐平が隠遁した。1976年(昭和51年)1月、社名を株式会社金壽堂に改称した。1981年(昭和56年)4月24日、2代目黄地佐平は五個荘町三俣の西澤吉太郎と共に、梵鐘(鋳金)の部で滋賀県無形文化財保持者に指定された。
2010年(平成22年)には大きさ5尺4寸、重量4トンと巨大な東本願寺の梵鐘を鋳造した。2013年(平成25年)1月には代表取締役の黄地耕三が病気で倒れ、仏師だった黄地浩が代表取締役に就任した。2016年(平成28年)10月には中国出身の徐小鏞が代表取締役に就任し、2019年(平成31年)3月には金壽堂が鋳造する「長村梵鐘」が滋賀県伝統的工芸品に指定された。その後、中国製梵鐘の品質向上や低価格化、新型コロナウイルス感染症の世界的流行などを理由として操業を停止した。

(写真)「滋賀県愛知郡長村」とある黄地佐平の銘。
3. 参考文献
白井忠雄「近江における鋳物師」『関西学院考古』関西学院大学考古学研究会、1991年
滋賀県教育委員会事務局文化部文化財保護課『近江の鋳物師 1』滋賀県教育委員会、1987年
森容子「湖東町の梵鐘づくり」『滋賀文化財教室シリーズ』滋賀県文化財保護協会、1997年
「湖国の現場2022 産業遺産の活路模索 東近江・長町の梵鐘工場」『中日新聞』2022年1月16日