
(写真)実相寺梵鐘。
口縁の形状に特徴がある梵鐘を紹介します。
梵鐘を真横から見た際には口縁が直線となっているものがほとんどですが、ここで紹介する梵鐘は蓮華形口縁や波形口縁が採用されています。中世から近世の明清時代に中国で鋳造された支那鐘(中国鐘)もありますが、何らかの理由で支那鐘の意匠を採用した(?)、戦後に日本で鋳造されたものもあります。「朝鮮鐘の意匠を持つ梵鐘」に続きます。
在野の考古学者である坪井良平は、口縁に特徴のある支那鐘のことを「荷葉鐘」と呼んでいます。
支那の梵鐘はこの祖型鐘から始まって、唐代には盛んに作られることになるが、同時に唐代になって、経常なり装飾に非常に変化のある一形式が導入され、以後祖型鐘と共に行われることとなる。それは、祖型鐘とはかけ離れた外観を呈する西洋のベルに似た裾野開いた形状で、しかもその下縁がベルのように水平ではなく、波状に作るか、または、六稜、八稜にしたものである。以下、この種の鐘を荷葉鐘と呼ぶことにする。
坪井良平「第五部 支那鐘」眞鍋孝志 編『新訂 梵鐘と古文化』ビジネス教育出版社、1993年
1. 蓮華形口縁
1.1 実相寺梵鐘(愛知県西尾市、1346年鋳造、県指定)
愛知県西尾市上町には臨済宗妙心寺派の実相寺があり、吉良義央(吉良上野介)で知られる旗本の吉良家の菩提寺となっています。建造物では釈迦堂が愛知県指定文化財、方丈(本堂)と庫裏が西尾市指定文化財であり、クロマツ群落が西尾市天然記念物であるなど、多数の文化財を有しています。



(左)実相寺釈迦堂。愛知県指定文化財。(右)クロマツ群落。西尾市天然記念物。
梵鐘の口縁は平らではなく、蓮華形または花弁型と呼ばれる形状をしています。梵鐘の鋳造年は定かではありませんが、南北朝時代の貞和2年(1346年)寄進という説があります。「八葉宝鐸型梵鐘」として愛知県指定文化財に指定されています。

(写真)実相寺。
1.2 発心寺梵鐘(長崎県長崎市、1438年鋳造、市指定)
長崎市鍛冶屋町にある真宗本願寺派の発心寺にも蓮華形口縁の類例があります。
明朝の英宗代(日本の正統3年、1438年)、北京の寺院のために鋳造され、1902年(明治35年)に発心寺に移ったとのこと。長崎市最古の梵鐘として長崎市指定文化財に指定されています。
2. 波形口縁
2.1 関善光寺梵鐘(岐阜県関市、1540年鋳造、県指定)
岐阜県関市西日吉町にある天台宗の宗休寺は関善光寺とも呼ばれており、本堂と大仏殿が関市指定文化財に指定されています。
口縁が波形となっている梵鐘は中国の明朝で鋳造された支那鐘(中国鐘)。「大明嘉靖庚子歳製」の銘があり、嘉靖帝代の嘉靖19年(日本の天文9年=1540年)に鋳造され、清朝末期の1899年(明治32年)に勃発した義和団の乱(北清事変)の際に日本に入ったとのことです。重要文化財に指定されている京都・萬福寺の梵鐘に代表されるように、支那鐘には口縁が波形となっている例があるようです。

(写真)関善光寺梵鐘。


(左)「大明嘉靖庚子歳製」の銘。(右)鐘楼。

(写真)関善光寺梵鐘。
2.2 宮地熊野神社(岐阜県池田町、1586年鋳造、県指定)
岐阜県揖斐郡池田町宮地の宮地熊野神社の梵鐘は万暦14年(1586年)鋳造の梵鐘ですが、こちらも口縁が波形となっているようです。宮地熊野神社梵鐘は「中国渡来」とされており、岐阜県指定文化財に指定されています。
参考文献:『池田町史 通史編』池田町、1978年、p.790
2.3 長安寺梵鐘(滋賀県甲良町、1696年鋳造、町指定)
滋賀県犬上郡甲良町の長安寺にも口縁が八角の波形となっている梵鐘があります。元禄9年(1696年)に愛知郡長村の長村鋳物師が鋳造したもので、戦時中の供述を免れたとのことです。甲良町指定文化財に指定されています。
2.4 大満寺梵鐘(宮城県仙台市、1720年鋳造、市指定)
宮城県仙台市の大満寺には波形(波状八葉形)の口縁を持つ梵鐘があります。享保5年(1720年)、茂ヶ崎の大年寺のために早井久右衛門によって鋳造されたもので、やがて大満寺に移りました。仙台市指定文化財に指定されています。

(写真)大満寺梵鐘。写真:Kyotohippie - CC BY-SA 4.0
2.5 薬師寺梵鐘(愛知県一宮市、1950年鋳造)
愛知県一宮市花池には黄檗宗の薬師寺があります。鎌倉中期の木造薬師如来坐像が一宮市指定文化財に指定されています。高い石積みの基壇に立つ入母屋造の鐘楼も立派ですが、吊られた梵鐘は波形の口縁を有する珍しい形状です。
表面に陽鋳された銘を見ると、1950年(昭和25年)1月に岐阜市の岡本太右衛門が鋳造したものでした。岡本太右衛門家は株式会社ナベヤの創業家であり、永禄3年(1560年)創業のナベヤは岐阜県最古の企業とも言われます。
鋳造年・鋳造者ともにありふれたものなので、どういう経緯で波形の口縁が採用されたのか気になります。愛知県では珍しい黄檗宗であることが関係しているのでしょうか。
https://ayc.hatenablog.com/entry/2025/08/25/204037

(写真)薬師寺。


(写真)薬師寺梵鐘と鐘楼。

(写真)薬師寺梵鐘。
2.6 光国寺梵鐘(岐阜県岐阜市、1953年鋳造)
岐阜県岐阜市加納西広江町には臨済宗妙心寺派の光国寺があり、徳川家康の長女亀姫の墓があります。鐘楼に吊られた梵鐘は一宮市の薬師寺と同様に口縁が波形となっています。
表面に陽鋳された銘を見ると、1953年(昭和28年)8月に薬師寺と同じく岡本太右衛門が鋳造したものでした。邪鬼を踏みつける毘沙門天の絵柄が陽鋳されていますが、比較的珍しい絵柄に思えます。

(写真)光国寺。


(写真)光国寺梵鐘。

(写真)光国寺梵鐘。