以下の内容はhttps://ayc.hatenablog.com/entry/2025/12/15/222341より取得しました。


時宗寺院の梵鐘

(写真)光明寺梵鐘。

いくつかの時宗寺院を訪れた際に見かけた梵鐘を紹介します。時宗寺院は全国に約400ヶ寺しかなく、愛知県には約10ヶ寺しかありませんが、うち2つの寺院に興味を引く梵鐘がありました。

 

1. 時宗寺院の梵鐘

1.1 遊行寺(神奈川県藤沢市、1356年鋳造)

藤沢市にある遊行寺(正式名称:清浄光寺)は時宗総本山の寺院。鐘楼は延文元年(1356年)建立、鐘楼に吊られた梵鐘も同年鋳造であり、鐘楼は登録有形文化財、梵鐘は神奈川県指定文化財です。

鐘楼を見る際に語られることの多い垂木や虹梁などがこれほど目立たない鐘楼は珍しい。愛知県内の古い梵鐘の鋳造年代を見てみると、室町時代前期(1394年~1443年)以前のものは県指定文化財であることが多く、室町時代中期(1444年~1491年)から江戸時代前期(1603年~1680年)のものは市町村指定文化財であることが多いようです。

(写真)遊行寺鐘楼・梵鐘。

(写真)遊行寺本堂。

(写真)一遍上人像。

 

1.2 圓福寺(愛知県名古屋市、1748年鋳造)

熱田神宮近くには名古屋市唯一の時宗寺院である圓福寺(円福寺)があります。付近は熱田台地の最南端にあたり、山門から緩やかに下って本堂に至るという珍しい伽藍配置となっています。山門脇には真新しい鐘楼があり、寛延元年(1748年)に水野太郎左衛門が鋳造した梵鐘が吊られています。

水野家(水野太郎左衛門家)は藩政期に尾張藩の御鋳物師頭を務めた家であり、加藤家とともに名古屋城下の鍋屋町(現・東区)にありましたが、戦時中の空襲で家屋が焼失して名古屋を離れたため、戦後には梵鐘を鋳造していません。水野家が鋳造して現存する梵鐘のうち、寛永20年(1643年)鋳造の相応寺梵鐘、元禄10年(1697年)鋳造の性高院梵鐘はいずれも名古屋市指定文化財に指定されています。圓福寺梵鐘は未指定ですが、同様に未指定の梵鐘としては享保21年(1736年)鋳造の大龍寺梵鐘もあります。

なお、圓福寺梵鐘には「勢州一志郡榊原村西仙寺」と刻まれています。もともとは三重県津市榊原町にあった時宗の西仙寺の為に鋳造されたものであり、西仙寺が廃寺となったことで関わりのある圓福寺に移されたようです。なお、表面には「一志郡榊原村西仙寺」と白ペンキで書かれた跡がうっすら残っていますが、戦時中に供出された梵鐘にはこのような白ペンキがみられることがあり、何らかの理由で溶解を免れて西仙寺に戻された帰還梵鐘である可能性があります。

(写真)圓福寺梵鐘。

 

(写真)圓福寺鐘楼。

 

1.3 光明寺(愛知県あま市、2004年鋳造)

五条川と新川の合流地点のすぐ近く、あま市萱津地区には光明寺があります。鐘楼門には2004年(平成16年)に富山県高岡市老子次右衛門(老子製作所)が鋳造した梵鐘が吊るされており、中央の草の間には一遍上人踊念仏による布教活動の様子が陽鋳されています。施主(寺院)が老子製作所に対して要望した絵柄であると思われますが、このようにリクエストした絵柄が陽鋳されることは珍しい。

(写真)光明寺梵鐘。

(写真)光明寺梵鐘。

(写真)光明寺鐘楼門。




以上の内容はhttps://ayc.hatenablog.com/entry/2025/12/15/222341より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14