
(写真)泉徳寺。
2025年(令和7年)11月22日、愛知県江南市古知野町広見の泉徳寺を訪れました。
1. 泉徳寺を訪れる
この日の午後には江南市にある真宗大谷派の寺院「報光寺」において、あいたて博の建物解説を聞きました。報光寺の正面にあるのが、やはり真宗大谷派の「泉徳寺」です。報光寺の本堂は東向きですが、泉徳寺の本堂は南向きであり、境内には本堂のほかに山門、鐘楼、西門があります。

(写真)鐘楼。
1.1 泉徳寺梵鐘
鐘楼には梵鐘が吊るされています。ドラム缶のようなシンプルな寸胴型で、縦横の線も単純です。乳の数が少なく、乳の周りに唐草模様が陽鋳されている点も珍しいように思われますが、これらは朝鮮鐘に見られる意匠のようです。
寄進日/鋳造日は「昭和二十三年戊子八月八日鋳成」(1948年8月8日)とあり、鋳造者は「鋳師 長野垤志 至心鋳造」とあります。名前の前には「□都住」(京都住?)とありますがはっきりとは読めません。
鋳造者の長野垤志(ながのてつし、1900-1977)は茶釜の制作で人間国宝に認定されている人物であり、いくつかの梵鐘も鋳造していたようです。長野は名古屋市出身ではありますが、工房は東京都や埼玉県に構えていたようであり、なぜ泉徳寺が長野に依頼したのかが気になります。


(写真)泉徳寺梵鐘。
2. 鋳金家「長野垤志」
長野 垤志(ながの てつし、1900年〈明治33年〉10月28日 - 1977年〈昭和52年〉7月14日)は、愛知県名古屋市出身の鋳金家。日本古来の技法で製練した和銑を用いた茶釜の製造技術を復興させた功績があり、茶釜制作の第一人者とされる。人間国宝(重要無形文化財保持者)。
2.1 経歴
学生時代
1900年(明治33年)10月28日、愛知県名古屋市東区筒井町に生まれた。1912年(明治45年)に小学校を卒業すると、通信教育の先駆的存在だった『早稲田講義録』で勉強した。洋画家を志して上京し、1917年(大正6年)に早稲田工手学校夜間部に入学すると、1919年(大正8年)に早稲田工手学校を卒業した。1920年(大正9年)には岡田三郎助が主宰する本郷洋画研究所に入所したが、1923年(大正12年)の関東大震災で本郷洋画研究所が焼失したために退所した。
戦前の経歴
1924年(大正13年)には鋳金家を志すようになり、まずは山本安曇に師事し、やがて香取秀真に師事した。1927年(昭和2年)には美術工芸科が創設された第8回帝展に初出品し、この年に銀製小箱の「収穫」が入選した。1928年(昭和3年)の第9回では鋳銅花瓶の「飛躍」が、1930年(昭和5年)の第11回では「青銅水盤」、1931年(昭和6年)の第12回では「蔓付花瓶」、1932年(昭和7年)の第13回では「青銅菱形花器」が入選し、1933年(昭和8年)の第14回では「青銅方盤」が特選となった。1932年(昭和7年)には古釜の研究や体系化を開始した。1937年(昭和12年)には第1回文展に「青銅鳩耳花瓶」を出品して無鑑査となった。
太平洋戦争中には地金も配給制となり、作品の制作が困難な時期が続いた。1945年(昭和20年)4月13日には東京大空襲で住居が焼失し、多くの作品や研究資料なども失った。
茶釜の制作
1948年(昭和23年)の第4回日展では審査員を務めた。日本工芸会でも理事や審査員などを務めている。1957年(昭和32年)には「矢筈釜」が文化庁買上げとなり、その後もいくつかの作品が文化庁買上げとなっている。1959年(昭和34年)には日本伝統工芸展で日本放送協会会長賞を受賞した。1963年(昭和38年)には人間国宝(重要無形文化財保持者)に推挙された。1967年(昭和42年)に紫綬褒章を受章した。1973年(昭和48年)には『茶の湯釜全集』の刊行を開始し、1975年(昭和50年)には全10巻が刊行された。
梵鐘の鋳造
1948年(昭和23年)には三重県四日市市で梵鐘の鋳造を開始した。1952年(昭和27年)には山形県山形市の渡辺梵鐘鋳造所の顧問を依頼された。愛知県の善光寺、愛知県江南市の泉徳寺、宮城県仙台市の輪王寺、大阪府の極示寺、新潟県の内光寺、奈良県の薬師寺などで梵鐘を手掛けており、神奈川県鎌倉市の建長寺などで半鐘を手掛けている。
死去とその後
1977年(昭和52年)7月14日、東京都北区の原外科病院で死去した。死因は乳頭腺がん。墓所は東京都北区の西音寺。同年には勲四等瑞宝章を受章した。2001年(平成13年)には次男の長野裕が2代目長野垤志を襲名した。
2.2 受賞・受章
1959年(昭和34年) - 日本伝統工芸展日本放送協会会長賞
1963年(昭和38年) - 人間国宝(重要無形文化財保持者)
1967年(昭和42年) - 紫綬褒章
1977年(昭和52年) - 勲四等瑞宝章
2.3 著書
『あしやの釜』便利堂、1952年
『天命の釜』便利堂、1954年
『茶之湯釜の見方』秦東書房、1956年
『あしや系の釜』便利堂、1957年
『茶の湯釜全集』駸々堂、10冊、1973年~1975年