以下の内容はhttps://ayc.hatenablog.com/entry/2025/11/07/231555より取得しました。


岡崎市の梵鐘鋳造所(1)

(写真)服部太郎吉が鋳造した知立市西教寺梵鐘。

2025年(令和7年)11月、愛知県岡崎市を訪れました。

岡崎市は歴史的に鋳物業が盛んであり、梵鐘を鋳造する製造者としては、服部工業(服部太郎吉)、岡崎鋳物工芸、藤島貞造商店、深田藤吉、河内能正などがいました。「岡崎市の梵鐘鋳造所(2)」に続きます。

 

ayc.hatenablog.com

1. 岡崎の鋳物師

安藤家は岡崎藩の御用鋳物師である。正応2年(1289年)、安藤三郎五郎近重は河内国丹南から三河国岡崎の菅生郷に移ったとされる。17世紀の16代安藤金右衛門宗次は黄銅鋳物で、19世紀の26代安藤金得は青銅鋳物で知られている。出典:『新編 岡崎市史 現代5』新編岡崎市史編さん委員会、1985年、pp.150-153

岡崎における鋳造業の起源は、正応2年(1289年)に、安藤三郎五郎近重が長子の安藤国近や子弟とともに、河内国丹南郡から三河国岡崎の菅生郷に移ったことである。2代目の国近は足利尊氏から墨附を受領している。安藤家は岡崎藩の御用鋳物師となり、26代目の安藤金得まで続いた。金得は中興の祖とされており、1878年明治11年)にフランスで開催されたパリ万国博覧会に出品して褒賞を得たが、1875年(明治18年)12月28日に病没した。菩提寺である随念寺には子弟によって金得の銅像が建立された。出典:『鋳造の跡』藤島貞造本店、発行年不明。

安藤家とともに木村家も知られている。寛文5年(1665年)、木村家は近江国から碧海郡矢作町金屋小路に移り、元禄5年(1692年)には岡崎城下の祐金町に移って鋳造業を興した。安藤家は銅鋳物を中心としたため「金屋」と呼ばれ、木村家は鉄鋳物が多かったため「吹屋」と呼ばれた。出典:『新編 岡崎市史 現代5』新編岡崎市史編さん委員会、1985年、pp.150-153

 

2. 岡崎鋳物工芸

岡崎市周辺の寺院では岡崎鋳物工芸の梵鐘もよく見かけます。梵鐘に陽鋳された文字は、「岡崎鋳物工芸社」、「岡崎鋳物工芸会社」、「鋳物工芸社」など個体差があります。

 

3.1 岡崎鋳物工芸の歴史

1910年(明治43年)、岡崎青銅組合と岡崎青銅器技術奨励会によって、高松工業学校から彫金師が招聘され、岡崎鋳物工芸が生まれた。太平洋戦争中には日本軍の下請工場となり、豊川工廠や国際航空工業の鋳物部品を製造した。戦後には家庭用火鉢の製造から始め、後に寺院の梵鐘、消防用警鐘、仏具店向けの金灯籠などを製造した。岡崎鋳物工芸が岡崎鋳物工芸は1950年(昭和25年)8月に廃業した。出典:『新編 岡崎市史 現代5』新編岡崎市史編さん委員会、1985年、pp.150-153

(写真)岡崎市の願照寺梵鐘。

 

3. 藤島貞造商店

岡崎市東大友町の安受寺、岡崎市菅生町の満性寺、豊田市の安穏寺や願成寺、安城市の保福寺や明水寺や太平寺知立市の長照寺や善敬寺、みよし市の与願寺や全海寺、豊明市の長盛院や聖應寺、豊川市の入覚寺などでは、鋳物師として藤島貞造の名が刻まれた梵鐘を見かけました。

 

3.1 藤島貞造商店の歴史

安藤金得の死去後、三浦、山本、服部などの人物が青銅器の鋳造技術を継承した。販路の拡大については岡崎青銅器問屋である藤島貞造商店の藤島貞造の功績が大きい。貞造は問屋業だけでなく自ら鋳造業も行った。岡崎青銅器技術奨励会を設立して技術の工場に努めた。出典:『鋳造の跡』藤島貞造本店、発行年不明。

藤島貞造商店は青銅器問屋であり、岡崎青銅組合の設立に尽力した。太平洋戦争中には、セメント銅像、アルミ鋳金などの仕事を行った。戦後の1947年(昭和22年)から1948年(昭和23年)には、元能見工場で毎月6口から7口の梵鐘の鋳造を行った。その後は銅像の製造が主となった。出典:『新編 岡崎市史 現代5』新編岡崎市史編さん委員会、1985年、pp.150-153

(写真)藤島貞造本店の広告。『岡崎商工人名録 昭和12年版』岡崎商工会議所、1937年。

(写真)みよし市の与願寺梵鐘。


4. 深田藤吉

岡崎市菅生町の東泉寺、岡崎市渡町の善国寺、岡崎市大平町の報恩寺、豊田市神明町三河別院挙母支院、豊田市本地町の道住寺などでは深田藤吉の梵鐘が見られます。

(写真)岡崎市の善国寺梵鐘。

 

5. 河内能正

岡崎市明大寺本町の萬徳寺、西尾市の明専寺、みよし市の海福寺、豊明市の西雲寺や円福寺清須市の清音寺などでは河内能正(河内鋳造)の梵鐘が見られます。

(写真)岡崎市の萬徳寺梵鐘。

 

6. 太田市太郎

岡崎市に隣接する自治体として額田郡幸田町がありますが、岡崎市井田町の泉竜寺、岡崎市中島町の竜泉寺では幸田町太田市太郎(太田鋳造所)の梵鐘が見られます。陽鋳(陽刻)の場合が多い他の鋳造者とは異なり、太田市太郎の銘は陰刻なのでとても読みづらいです。

(写真)岡崎市の泉竜寺梵鐘。




以上の内容はhttps://ayc.hatenablog.com/entry/2025/11/07/231555より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14