
(写真)蟹江川と甘強味淋旧本社事務所。登録有形文化財。2020年8月撮影。
2025年11月2日(日)、文化財建造物の特別公開イベント「あいたて博」で愛知県海部郡蟹江町の甘強酒造を訪れました。
1. 甘強酒造を訪れる
1.1 旧本社事務所
甘強酒造は蟹江川に面した場所に事務所や工場を構える醸造場です。水郷である蟹江町にはかつて多数の醸造場があったとのことですが、現在は甘強酒造と山田酒造の2軒のみです。
工場と土蔵も加えた4件が登録有形文化財であり、近代建築である旧本社事務所、近代和風建築である主屋の対比が絵になる景観です。社長の山田洋資さんの説明を聞きながら、1937年(昭和12年)竣工の旧本社事務所の屋上にも上り、その後工場を見学しました。
なお、あいたて博の事務局スタッフは近代建築愛好家のスギヨシさんでした。スギヨシさんによると玄関を縁取っているテラコッタは伊奈製陶(後のINAX、現在のLIXIL)製とのことです。テラコッタ以外の外壁はスクラッチタイルが用いられていますが、1920年代末から1930年代前半に一大ブームを巻き起こした外装材であり、博物館明治村に移築されている帝国ホテル旧本館玄関には最初期のスクラッチタイルが用いられています。スクラッチタイル建築の多くは上記の期間に集中していますが、旧本社事務所は1937年(昭和12年)の竣工です。なお、大部分は黄色味の強いタイルですが、一部に茶色味の強いタイルが混ざっているのは、数年前に外壁の修理工事を行った関係だそうです。


(左)外壁玄関部分のテラコッタ。(右)外壁のスクラッチタイル。

(写真)玄関部分床面のモザイクタイル。
旧本社事務所の受付部分には、制作年不明の「甘強味淋醸造場」のイラストが掲げられています。1923年(大正12年)竣工の主屋は描かれていますが、1937年(昭和12年)竣工の旧本社事務所の場所には別の建物が描かれており、この14年間のどこかで製作されたイラストのようです。
現在の甘強酒造に煙突はありませんが、当時は2本の立派な煙突があったようです。遠景にも煙を出しながら列車が走る線路が見えますが、国鉄関西本線では1971年(昭和46年)まで蒸気機関車が運行されていたらしい。なお、甘強酒造に最も近い鉄道路線は近鉄名古屋線ですが、近鉄蟹江駅周辺が開業したのは1938年(昭和13年)のことです。なお、このイラストは蟹江町歴史民俗資料館の廊下の展示でも見ることができます。

(左)制作年不明の「甘強味淋醸造場」イラスト。
事務所の内部には酒造りの神様として知られる大神神社(おおみわじんじゃ、奈良県桜井市)の札がありました。なお、蟹江川の堤防に面して旧本社事務所の玄関がありますが、主屋の玄関とは1階分の高低差があるため、旧本社事務所の玄関を入った先にあるのは2階ということになります。旧本社事務所の2階と主屋の2階は渡り廊下で接続されており、山田社長によると「1秒で出勤できる」とのことでした。

(写真)旧本社事務所の1階。

(写真)旧本社事務所の1階。応接室。

(写真)旧本社事務所の2階。
床面のフローリングは4ピースで正方形を構成し、その正方形を交互に組み合わせて張る市松張りが採用されています。スギヨシさんによると近代建築には多い張り方とのことです。

(写真)旧本社事務所の2階床面。

(写真)旧本社事務所の階段。
旧本社事務所はRC造としては小規模な建築物であり、とくに奥行は6m程度しかありません。蟹江川側から見ると高さもそれほどではない印象を持ちますが、実際には遠方まで見晴らすことができ、竣工時には近隣で最高層の建築物だったというのがよく分かります。
なお、甘強酒造の建物は2005年(平成17年)に登録有形文化財に登録されました。名称は〈旧〉本社事務所ですが、約15年前には別地点にあった事務所から再びこの建物に事務所を移したことで、登録名称とは異なる現役の事務所となっています。

(写真)旧本社事務所の屋上。

(写真)旧本社事務所の塔屋。
1.2 主屋
1923年(大正12年)竣工の主屋は現在も住居として用いているとのことです。鬼瓦には「甘強」という文字が刻まれています。

(写真)旧本社事務所(左)と主屋(右)。

(写真)「甘強」字が入った主屋の鬼瓦。
1.3 工場・土蔵

(写真)工場の1階。

(写真)工場の1階。

(写真)工場の2階。
工場には酒屋看板が掲げられており、この看板は甘強酒造のポスターなどにも登場します。なお、みりんにはとりへんの「味醂」とさんずいの「味淋」の二種類の漢字があり、イラスト、酒屋看板、文化財登録名称は味淋表記ですが、商品名は味醂表記であり、工場内にも味醂表記が見られます。どこかのタイミングで味淋表記から味醂表記に切り替えたのだろうかと思いましたが、社長に尋ねると「表記にはこだわりがない」とのことでした。
