
(写真)倉吉富士館跡地のビル。
2023年(令和5年)12月、鳥取県倉吉市を訪れました。「倉吉市を訪れる」からの続きです。
かつて倉吉市街地には映画館「倉吉富士館」「倉吉有楽座」「倉吉日本館」「倉吉東映」「旭座」「寿座」があり、市街地から離れた上井駅(現・倉吉駅)前に「倉吉上井館」がありました。現在の倉吉市には3スクリーンの複合映画館「倉吉パープルタウンシネマエポック」があります。
※本記事は2025年10月に「倉吉市の映画館(1)」から分割したものです。
2. 倉吉市の映画館
2.4 倉吉上井館(1955年頃-1966年頃)
所在地 : 鳥取県倉吉市上井町336(1966年)
開館年 : 1955年頃
閉館年 : 1966年頃
跡地は「ビジネスホテルこんにち館」西60mの駐車場。
1953年(昭和28年)に2町7村の合併で倉吉市が発足する前、現在のJR山陰本線倉吉駅前は東伯郡上井町(あげいちょう)であり、東伯郡倉吉町とは別の自治体でした。旧・上井町域にあった唯一の映画館が倉吉上井館(えいらく館)であり、倉吉駅の西約300mの場所にありました。

(写真)中央上に上井館が描かれている住宅地図。『西日本住宅詳細図』三公商会、1960年代前半。倉吉市立図書館所蔵。
倉吉駅が現行名称になったのは1972年(昭和47年)のことであり、それまでは上井駅という名称でした。1985年(昭和60年)には倉吉線が廃止され、倉吉駅は山陰本線の単独駅となっています。

(写真)1967年の倉吉上井館周辺の航空写真。地図・空中写真閲覧サービス
2.5 倉吉日本館(1925年1月-1976年頃)
所在地 : 鳥取県倉吉市大正町1075-12(1976年)
開館年 : 1925年1月、1939年1月
閉館年 : 1976年頃
跡地は「倉吉信用金庫うつぶき支店」西60mにあり「ダスキンオグラ」などが入るビル「くらよし館」と東隣の駐車場。
2023年(令和5年)12月に鳥取市のGalleryそらで開催された企画展「見る場所を見る3」では、イラストレーターのClaraさんが描いた印象的な日本館のイラストが展示されていました。その原案となったのは昭和初期の日本館の写真であり、上部が半円状で下見板張のように見える特徴的な看板建築だったようです。

(写真)昭和初期の日本館。『写真アルバム 倉吉・東伯の昭和』樹林舎、2014年。

(写真)中央左に日本館が描かれている年不明の住宅地図。
昭和40年代の写真を見ると、昭和初期の写真とはファサードが様変わりしています。

(写真)昭和40年代の日本館。『目で見る 倉吉・東伯の100年』郷土出版社、2000年。

(写真)中央左に日本館ビルが描かれている1979年の住宅地図。日本館ビルとその左側の建設現場が日本館跡地。

(写真)宇崎興行社が入る日本館ビルが描かれている1979年の住宅地図。
日本館があったのは記念通りの西側でした。跡地には巨大なビル「くらよし館」が建っています。

(写真)倉吉日本館跡地のビル。

(写真)倉吉日本館跡地の駐車場。

(写真)倉吉日本館跡地のビルと記念通り。
1979年(昭和54年)の住宅地図を見ると、日本館の奥の路地沿いには一の恵旅館とはやし旅館(林旅館)という複数の旅館の名前が見えます。はやし旅館の建物は現存しており、「旅館 はや志」という看板が掲げられていますが、現役の旅館でしょうか。

(写真)はやし旅館の建物。
2.6 倉吉有楽座(1950年10月-1986年頃)
所在地 : 鳥取県倉吉市明治町1017(1986年)
開館年 : 1950年10月
閉館年 : 1986年頃
跡地は「倉吉線鉄道記念館」南東80mにある「サンホーム管理月極有料駐車場」。
映画黄金期の日本海新聞の映画上映案内を見ると、倉吉地区の映画館として富士館、旭座、有楽座、日本館、えいらく館、寿座の6館が掲載されています。宇崎穆夫が旭座閉館後も経営していた映画館が倉吉有楽座です。

(写真)映画黄金期の映画上映案内。「今日の映画案内」『日本海新聞』1957年10月1日。
登録有形文化財の豊田家住宅には、1969年(昭和44年)の倉吉駅前の商店が描かれた地図が展示されていました。倉吉銀座通りには多数の商店が並んでおり、鳥取銀行倉吉支店から北に延びる路地の先に倉吉有楽座がありました。倉吉有楽座の西側のブロックは飲み屋街であり、スワン、真珠、女王蜂、銀蝶、すずらんなどスナックと思われる名前が並んでいます。

(写真)有楽座と富士館が描かれた1969年の倉吉駅前の地図。豊田家住宅の展示。下が北。

(写真)左上に有楽座が描かれている1985年の住宅地図。

(写真)倉吉有楽座跡地の駐車場。

(写真)倉吉有楽座跡地の西にある飲み屋街。
2.7 倉吉富士館(1953年10月2日-1993年9月)
所在地 : 鳥取県倉吉市明治町1016-13(1993年)
開館年 : 1953年10月2日
閉館年 : 1993年9月
跡地は「倉吉線鉄道記念館」西南西20mにあるビジネスホテル「ビジネスインたけのや」。
1953年(昭和28年)10月2日には倉吉市街地5番目の映画館として富士館が開館しました。なお、東伯郡倉吉町など2町7村が合併して倉吉市が発足したのは前日の10月1日のことであり、当時の新聞は市制施行を祝賀する記事であふれています。

(写真)富士館の開館記念広告。『日本海新聞』1953年9月26日。

(写真)富士館の開館記念広告。『日本海新聞』1953年9月26日。

(写真)右上に富士館が描かれている1985年の住宅地図。
倉吉富士館は倉吉市において後発と言える映画館ですが、倉吉市では最も遅く1993年(平成5年)9月まで営業していました。跡地はビジネスホテルを核とするたけのやビルであり、1階は複数のスナックが入る飲食店街となっています。倉吉富士館の経営者は有限会社竹の家興行であり、映画館閉館後も土地を所有しながらビル経営に転業した例だと思われます。

(写真)倉吉富士館跡地のビル。


(写真)倉吉富士館跡地のビル。

(写真)倉吉富士館跡地のビル。
倉吉富士館の東側には小規模な社があり、ねこに見えるかわいらしい狛狐が建っています。この稲荷神社は1960年代前半の住宅地図にも描かれています。


(写真)倉吉富士館跡地の東側にある稲荷神社。


(写真)倉吉富士館跡地の東側にある稲荷神社。
2.8 倉吉パープルタウンシネマエポック(1996年-営業中)
所在地 : 鳥取県倉吉市山根557-1(2020年)
開館年 : 1996年
閉館年 : 営業中

(写真)倉吉パープルタウン。Googleストリートビュー
倉吉市の映画館について調べたことは「鳥取県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(鳥取県版)」にマッピングしています。