
(写真)シネマサンシャイン松戸や松戸サンリオシアターが入っていた都市綜合第三ビル。
2025年(令和7年)9月、千葉県松戸市を訪れました。「松戸市の映画館(1)」からの続きです。
1. 松戸市の映画館
1.5 輝竜会館(1959年4月-2000年4月14日)
所在地 : 千葉県松戸市松戸1823(2000年)
開館年 : 1959年4月
閉館年 : 2000年4月14日
跡地はマンション「パークホームズ松戸シティフロント」。
松戸は江戸川河岸の松戸宿として栄えた町であり、松戸駅の西側を南北に延びる水戸街道(千葉県道5号松戸野田線)は今日でもメインストリートの様相を呈しています。映画人気が絶頂に達していた1959年(昭和34年)、水戸街道沿いに開館したのが輝竜会館です。
松戸宿の本陣は現在の旧福岡薪炭店付近にありましたが、輝竜会館があったのは旧福岡薪炭店から坂川を超えてすぐの場所です。輝竜会館の北側には宝光院、善照寺、西蓮寺と3軒の寺院が並んでおり、松戸宿時代の町並みの面影を忍ばせていますが、西蓮寺の開基は三河国刈谷出身の順誓師とのことで、思わぬところで地元と松戸の繋がりを発見しました。

(写真)1962年の住宅地図に描かれた輝竜会館。

(写真)1966年の航空写真における輝竜会館。地図・空中写真閲覧サービス
輝竜会館の経営者は1950年(昭和25年)から松戸競輪場を運営する松戸公産でした。映画館開館時の社名はまさに松戸競輪株式会社であり、企業による社会貢献の一環という意味合いがあったとのこと。常磐線でアクセスしやすい上野や日比谷などの映画館と差別化するべく、昭和40年代時点では中高生向けの作品を多く上映していたようです。通りに面した部分には幾何学的なデザインの巨大な看板が見え、競輪をモチーフにしたわけではないようですが、交通量の多い県道沿いで相当に目立っていたのではないかと思います。

(写真)昭和40年代の輝龍会館。『目で見る松戸の100年』郷土出版社、2008年。
1972年(昭和47年)から1977年(昭和52年)までの『キネマ旬報』には個別の映画館を紹介する「われらの映画館」の連載がありました。東京に拠点を置く映画雑誌において、東京以外の映画館も取り上げた点で画期的な連載であり、1972年(昭和47年)11月下旬号では輝竜会館のバンビ座が紹介されています。映画館名簿や住宅地図に見える〈バンビ劇場〉ではなく、〈バンビ座〉として掲載されている理由が気になります。
上野から二十分、ここ松戸市は千葉県というよりは東京郊外という感じの小都市である。イメージの貧困な人には競輪とストリップの町として知られているだろうが、映画の舞台になった事は再三である。(中略)
このバンビ座は輝竜会館という松戸大映のあるビルの二階に如何にも名画座らしい型でチョコンと存在している。吉田芳春支配人にきいてみたところ、昭和三四年に、大映の永田社長の発案で創立され、当時、大映洋画部が配給したヒット作『バンビ』にちなんで、誰からも親しまれるようにと名付けられたとの事。
「われらの映画館 バンビ座」『キネマ旬報』1972年11月下旬号

(写真)バンビ座「われらの映画館」『キネマ旬報』。

(写真)松戸輝竜会館 バンビ劇場が描かれている1985年の住宅地図。
開館からしばらくは松戸大映とバンビ劇場の2館体制であり、1971年(昭和47年)の大映経営破綻後に改称して輝竜会館とバンビ劇場になりましたが、1987年(昭和62年)にはさらに小型館を加えて3館体制となり、輝竜会館シネマ1・2・3という名称になりました。輝竜会館は2000年(平成12年)まで営業を続け、跡地には2010年(平成22年)にマンションが竣工しています。
映画館の跡地の活用方法として、東京都心など求心力の強い都市では商業ビルが建つことが多く、活気のない地方都市ではコインパーキングなどの暫定利用が続くことが多いのですが、松戸市では建物が解体されている4施設の跡地全てがマンションとなっています。竣工年は1989年(平成元年)、1995年(平成7年)、2001年(平成13年)、2010年(平成22年)とばらけており、平成年間にはベッドタウンとして安定したマンション需要があったようです。

(写真)輝竜会館の跡地にあるマンション。
1.6 松戸サンリオシアター(1993年3月20日-2006年)
所在地 : 千葉県松戸市本町21-2(2006年)
開館年 : 1993年3月20日(移転)
閉館年 : 2006年
前身館は松戸サンリオ劇場。映画館が入っていた都市綜合第三ビルは現存。
1993年(平成5年)には松戸西口公園の東側に都市綜合第三ビルが竣工し、アーバンヒル松戸から移転した3スクリーンの松戸サンリオシアター、新規開館した4スクリーンの松戸シネマサンシャイン(後のシネマサンシャイン松戸)が開館しました。同年は日本の映画館数が底を付いた年ですが、日本初の本格的シネコンであるワーナー・マイカル・シネマズ海老名が開館した年でもあり、1994年(平成6年)には日本の映画館数が増加に転じることとなります。

(写真)松戸サンリオシアターが入っていた都市綜合第三ビル。
1.7 シネマサンシャイン松戸(1993年3月13日-2013年1月31日)
所在地 : 千葉県松戸市本町21-2(2012年)
開館年 : 1993年3月13日、2006年4月1日(7館化)
閉館年 : 2013年1月31日
映画館が入っていた都市綜合第三ビルは現存。
1993年(平成5年)に開館した松戸シネマサンシャインの経営者は、東京の池袋を拠点とする中堅シネコンチェーンの佐々木興業です。松戸が東京都外への初進出だったようですが、同年末には埼玉県草加市に4スクリーンの草加シネマサンシャイン、柏市に2スクリーンの柏シネマサンシャインを相次いで開館させており、一気に勢力の拡大を図っています。
その後、佐々木興業は関東地方や四国地方を中心に、5スクリーン以上の映画館を同一フロアに配置したシネコンの展開を進めて現在に至っています。2006年(平成18年)には同一ビル内の松戸サンリオシアターが閉館しましたが、松戸シネマサンシャインは松戸サンリオシアターを吸収して7スクリーン体制となり、名称をシネマサンシャイン松戸に改称しています。

(写真)松戸シネマサンシャインやサンリオシアターが描かれている1985年の住宅地図。
1990年代末から2000年代には、近隣の自治体に相次いでシネコンが開館しています。1999年(平成11年)には市川市にヴァージンシネマズ市川コルトンプラザ(現・TOHOシネマズ市川コルトンプラザ)、同年には市川市にワーナー・マイカル・シネマズ市川妙典(現・イオンシネマ市川妙典)、2005年(平成17年)には埼玉県三郷市にMOVIX三郷(現・シネマサンシャイン三郷)、2006年(平成18年)には柏市にMOVIX柏の葉、2007年(平成19年)には流山市にTOHOシネマズ流山おおたかの森と続き、東葛地域は全国屈指の映画館激戦区となりました。シネマサンシャイン松戸は2013年(平成25年)に閉館し、松戸市から約90年ぶりに映画館が消えることとなりました。

(写真)シネマサンシャイン松戸が入っていた都市綜合第三ビル。

(写真)シネマサンシャイン松戸が入っていた都市綜合第三ビル。
1993年(平成5年)竣工の都市綜合第三ビルの外観を見ると、1階・2階部分を貫く8本の円柱、石張りの壁面などにバブル時代の雰囲気を感じますが、このビルの最大の特徴は正面入口上部にあるギリシャ神話のレリーフです。
1階南側にはテナントとしてイオン系小型スーパーのまいばすけっとが入っており、ポップなまいばすけっとのロゴと重厚なギリシャ神話のレリーフの対比がシュールです。まいばすけっと以外はビルの全室が空きテナントのようであり、正面入口も封鎖されていました。

(写真)シネマサンシャイン松戸が入っていた都市綜合第三ビル。


(写真)都市綜合第三ビルの1階部分。
なお、松戸西口公園を挟んで向かいにはダイエー松戸西口店(松戸パークビル)がありましたが、ダイエーは2024年(令和6年)8月をもって閉店し、この2025年(令和7年)9月にはビルの解体工事が開始されたようです。


(写真)都市綜合第三ビルから松戸西口公園を挟んで向かいにあったダイエー松戸西口店。
1.8 ユナイテッド・シネマ テラスモール松戸(2019年10月25日-営業中)
所在地 : 千葉県松戸市八ヶ崎2-8-1 テラスモール松戸内(2020年)
開館年 : 2019年10月25日
閉館年 : 営業中
2013年(平成25年)のシネマサンシャイン松戸閉館から6年後、2019年(令和元年)には松戸市街地から約5km北にユナイテッド・シネマ テラスモール松戸が開館し、松戸市に映画館が復活しました。

(写真)テラスモール松戸。作者:Archiroid21 - CC BY-SA 4.0
松戸市にあった映画館について調べたことは「松戸市の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(千葉県版)」にマッピングしています。