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映画『ファントムライダーズ2』を観る

(写真)イメージフォーラム3階 寺山修司

2025年(令和7年)9月13日(土)、東京都渋谷区のイメージフォーラムで映画『ファントムライダーズ2』を観ました。「展覧会「見る場所を見る5」を見る」からの続きです。

 

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1. 『ファントムライダーズ』とは

鳥取県の映画文化に関する調査研究プロジェクトとして、鳥取大学地域学部の佐々木友輔さん、佐々木研究室に所属していた杵島和泉さんによってイラスト展「見る場所を見る」が行われています。

この9月12日(金)から9月24日(水)には新宿眼科画廊で「見る場所を見る5」が開催中ですが、プロジェクトの一環として映像作品『ファントムライダーズ2』を製作、9月13日(土)と9月20日(土)にイメージフォーラムで上映されます。なお、今年3月には『ファントムライダーズ』(第1作)が製作され、3月14日(金)から3月16日(日)に荒川区のイベントスペース「元映画館」で上映されています。

 

2. 『ファントムライダーズ2』

2.1 作品製作の手法

日本各地の映画館を巡る手記や映画館プログラムを見つけた「私」が、タイムマシンを使って手記の通りに映画館を訪ね歩き、かつてそこで映画を観たことがあるという既視感の正体を探る、というのが『ファントムライダーズ2』のあらすじです。

手記の内容はフィクションであり、SFやホラー要素を含む娯楽作品という体裁を取っていますが、実在する映画館プログラムや新聞記事が提示され、作品の上映を通じて映画館に関する記憶の復元につなげるという学術的な意味合いもあります。

(写真)映画館プログラムの例。愛知県一宮市の朝日座における1924年のもの。映画遺産 国立映画アーカイブ映画資料ポータル

 

2.2 八重垣劇場と紀国座の物語

前作では鳥取市、神戸市、金沢市熊本市盛岡市の5都市の映画館が題材となりました。『ファントムライダーズ2』では以下の6都市の映画館と、鳥取県倉吉市にあるレンタルビデオ店が題材となっています。

1965年(昭和40年) 群馬県太田市 太田映劇

1962年(昭和37年) 奈良県宇陀市 喜楽座

1947年(昭和22年) 愛知県名古屋市 八重垣劇場

1926年(大正15年) 和歌山県和歌山市 紀国座

1943年(昭和18年) 北海道札幌市 札幌東宝映画劇場

1970年(昭和45年) 長崎県長崎市 新世界

2016年(平成28年) 鳥取県倉吉市 レンタルハウスPOP(※レンタルビデオ店

 

私の身近な地域では名古屋市の八重垣劇場が登場します。栄や伏見の繁華街と名古屋城の中間、名古屋東照宮や那古野神社の東側にあった映画館です。1930年(昭和5年)に名古屋財界の名士らによって開館した洋画館であり、城戸武男の設計による優雅なスパニッシュ様式の建物を持つ高級館でしたが、戦後に映画全盛期を迎えると栄や名駅などに映画館の開館が相次ぎ、八重垣劇場は二流館に転落したとされています。

八重垣劇場は個人的にも興味を持っていた映画館であり、少し調べてWikipedia記事「八重垣劇場」を作成したことがあります。また、2024年(令和6年)には遊廓史研究者のことぶきさんが八重垣町や八重垣劇場について充実したレポートを書かれています。

参考:ことぶき「西区八重垣町~名古屋城下、碁盤割のどこかに」note、2024年5月12日(3回シリーズ)

(写真)八重垣劇場。

 

『ファントムライダーズ2』における八重垣劇場の章の舞台は戦後混乱期の1947年(昭和22年)。名古屋市に住む映画好きの少女と文通をしている「私」は、少女がたびたび言及する八重垣劇場で一緒に映画を観たいと伝えます。国鉄名古屋駅から待ち合わせ場所である円頓寺商店街の喫茶まつばに向かいますが、いくら待っても文通相手の少女が現れることはありませんでした。「私」は映画館で会えることを願って八重垣劇場に向かいますが、結局は虚しさとともに鳥取に帰ることになります。

『ファントムライダーズ』シリーズの大きな特徴として、手記が書かれた当時の記憶がナレーションとして語られるものの、映し出される映像は現代のものであるという点があります。1947年(昭和22年)の「私」が少女と文通するシーンで映し出されるのはスマホをポチポチする2人の女性、1947年(昭和22年)の国鉄名古屋駅のシーンで映し出されるのはN700系が発車する東海道新幹線のホーム、1947年(昭和22年)の八重垣劇場のシーンで映し出されるのは八重垣劇場跡地にある名古屋銀行協会会館です。

私はブログ「消えた映画館の記憶」で記事を書く際に、跡地の写真を示しながら「ここに〇〇劇場があった」と書くことが多いのですが、『ファントムライダーズ』では跡地を示しながら「ここに〇〇劇場がある」と語るのです。『ファントムライダーズ』第1作でこの手法を目にしたときは面食らいましたが、さも当然のように語られるのを観続けているうちに慣れてきて、これぞオリジナルな映像表現であると感じるようになります。

(写真)八重垣劇場跡地にある名古屋銀行協会会館。作者:円周率3パーセント。CC BY-SA 4.0

 

抑制された筆致で淡々と語るのも『ファントムライダーズ』シリーズの特徴ですが、和歌山市の紀国座の章は情感豊かな物語でした。

舞台はサイレント時代の1926年(大正15年)。鳥取市に住む「私」は、贔屓の役者である「ももちゃん」(市川百々之助)が和歌山市の紀国座で舞台挨拶を行うと聞き、南海電車ではるばる和歌山市まで赴きますが、百々之助と対面して声を聞いてもファンでいられるだろうかと不安になり、紀国座に入ることなく帰路に就くことにしました。途中で百々之助のブロマイドを落とした際、拾ってくれた男性に「市川百々之助がお好きなんですか」と問われ、「はい」と答えると、「また映画で会えますよ」と返されました。

名古屋市において初めてトーキー映画が上映されたのは1929年(昭和4年)6月27日のことです。トーキー映画はその後の数年間で普及し、サイレント時代の俳優や弁士にとっては苦難の時代となります。このような時代背景は作中で説明されませんが、「私」は作品から数年経ってトーキー時代になった時に、百々之助主演の映画を鑑賞してブロマイドを拾ってくれた男性の正体に気づくのだろうと思います。

前作同様に今作も映画観客論というべき内容ですが、今作では全編が「映画を観るはずだったが観ることができなかった人物の物語」という変化球となっています。どの章も物語部分は手持ちカメラによる主観映像で人物が登場せず、現代パートとうまく対比させています。序盤の太田市の章などでは説明過多な点も感じましたが、どの章も物語部分は程よい説明にとどめており、ナレーションによる説明と映像による伝え方のバランスが良い娯楽作品となっています。

(写真)市川百々之助のブロマイド。東大阪市デジタル博物館

 




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