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上北町の映画館

(写真)青い森鉄道線上北町駅

2025年(令和7年)7月、青森県上北郡東北町(旧・上北町)を訪れました。かつて上北町には映画館「沼崎映画劇場」「共楽館劇場」がありました。

 

1. 上北町を訪れる

1.1 上北町商店街

1889年(明治22年)には町村制によって上北郡浦野舘村が発足。もともと浦野舘村役場などの施設は徳万才集落にありましたが、1891年(明治24年)に小川原沼(小川原湖の旧称)近くに東北本線沼崎駅が開業すると、沼崎駅前に新たな集落が形成されます。

1958年(昭和33年)には浦野舘村が町制施行して上北町に改称し、1959年(昭和34年)には沼崎駅も上北町駅に改称、さらに上北町役場が徳万才集落から上北町駅に近い現在地に移転しています。

2005年(平成17年)にはほぼ同規模の(旧)東北町が合併して(新)東北町が発足。新設合併なのに旧自治体名を用いるのは珍しいパターンですが、どういう経緯なのでしょうか。

(写真)上北町商店街。

 

上北町駅前には昭和40~50年代らしさを感じる上北町商店街の商店群が連なっています。上北町は1968年(昭和43年)の十勝沖地震で大きな被害を受け、また1972年(昭和47年)6月1日には18棟が全焼する本町大火が起こったとのことで、1970年代前半頃に一斉に建て替えられたのでしょうか。なお、上北町商店街の中でも平上金物店は駅の設置から3年後の1894年(明治27年)に創業した老舗とのことです。

(写真)上北町商店街の地図。

 

1.2 上北町の公共施設群

上北町駅から約1kmの場所には、東北町役場(旧・上北町役場)、東北町立上北中学校、東北町立図書館、東北町上北保健福祉センター、東北町民体育館、東北町民文化センター、東北町歴史民俗資料館という公共施設が集まっています。

2005年(平成17年)の合併時に人口約1万人だった自治体としては不相応なほどの公共施設群ですが、東北町役場の敷地内には電源立地地域対策交付金施設であることを示す看板が立てられていました。上北町市街地から約25km北には六ケ所原子燃料サイクル施設があり、約50km北には東通原子力発電所があります。なお、上北町市街地から8kmの場所には航空自衛隊三沢基地もあります。

(写真)東北町立図書館。

(写真)東北町役場。

 

2. 上北町の映画館

2.1 共楽館劇場(1958年頃-1964年頃)

所在地 : 青森県上北郡上北町南谷地(1964年)
開館年 : 1958年頃
閉館年 : 1964年頃
跡地は「東北町役場」北東250mの更地。

各年版の映画館名簿によると、昭和30年代の上北町には沼崎映画劇場と共楽館劇場がありました。八戸市立図書館が所蔵する1966年(昭和41年)の住宅地図を見ると、上北町市街地には2か所に「映画館」と記されています。

2か所の「映画館」のうち、十鉄バス病院通バス停に近い場所にあるほうが共楽館劇場と思われます。1962年(昭和37年)の航空写真を見ると、山崎商店があるブロックの中央部に巨大な建物が写っています。なお、山崎商店は現在も営業中の商店です。

(地図)「映画館」が描かれている『住宅地図 三戸郡・上北郡 1966』(日本経済通信社、1966年)。八戸市立図書館所蔵。

(写真)1962年の航空写真における「映画館」。地図・空中写真閲覧サービス

(写真)十鉄バス病院通バス停。中央の白色の民家付近に「映画館」への路地入口があった。隣接する茶色の建物は山崎商店。

(写真)「映画館」跡地の更地。

 

2.2 沼崎映画劇場(1951年5月-1965年頃)

所在地 : 青森県上北郡上北町南谷地(1965年)
開館年 : 1951年5月
閉館年 : 1965年頃
跡地は「三八五タクシー本社営業所」西30mの建物。

1966年(昭和41年)の住宅地図において、上北町駅に近い場所にある「映画館」が沼崎映画劇場と思われます。

この住宅地図は現在のように航空写真を用いて製作された地図ではないため、距離や方角に誤差があると思われます。この地図からは「映画館」の正確な跡地が判然としないのですが、1962年(昭和37年)の航空写真において上北町商店街から1軒分奥まった場所にある建物が気になりました。

(地図)「映画館」が描かれている『住宅地図 三戸郡・上北郡 1966』(日本経済通信社、1966年)。西側には「タクシー」があるが、これは現在も営業中の三八五タクシーではなく2010年代中頃まで営業していた七戸タクシーである。八戸市立図書館所蔵。

(写真)1962年の航空写真における「映画館」。地図・空中写真閲覧サービス

 

1962年(昭和37年)の航空写真において1軒分奥まった場所にある建物は、民家として現存しているようです。2階建の倉庫のような建物であり、民家としては窓の多さに違和感があります。背面の窓は1階・2階部分とも開けられていたため、現在も使用されている建物であることは間違いなさそうですが、インターホンを押しても反応がありませんでした。

(写真)「映画館」跡地と思われる場所にある民家。

(写真)「映画館」跡地と思われる場所にある民家。背面。

 

上北町商店街にはセレクション久保という衣料品店があり、1966年(昭和41年)の住宅地図には久保呉服として描かれています。40代と思われる男性店主に聞いてみると、

タクシー会社西側の奥まった場所には肉屋などが入る市場があった。映画館ではなかったのではないか。80代や90代の方に聞かないと映画館のことはわからないが、この商店街は若い店主が多い」とのことでした。

(写真)沼崎映画劇場と共楽館劇場が掲載されている『映画便覧 1964』時事通信社、1964年。

 

上北町にあった映画館について調べたことは「青森県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(青森県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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