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常滑市の映画館(1)

(写真)大野劇場の跡地。

2025年(令和7年)5月、愛知県常滑市大野町を訪れました。

かつて大野町には映画館「大野劇場」と「中之島劇場」がありました。「常滑市を訪れる」からの続きです。「常滑市の映画館(2)」に続きます。

 

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1. 常滑市大野町の映画館

1907年(明治40年)に大野町を描いた「尾張国大野海水浴真景之図」には、恩波楼から常滑街道に向かう通りの南側に「劇場」が描かれています。後の大野劇場とは異なる地点にありますが詳細は不明です。

(写真)劇場が描かれた「尾張国大野海水浴真景之図」加藤吾一郎、1907年。

 

1.1 中之島劇場(1950年11月-1965年頃)

所在地 : 愛知県常滑市大野町字橋高41(1965年)
開館年 : 1950年11月
閉館年 : 1965年頃
跡地は名鉄常滑線野町駅南南西80mの「大野パーキング」や矢田川の川面。

日本の映画館数がピークを迎えた1960年(昭和35年)、常滑市には6館の映画館があり、大野町には中之島劇場と大野劇場の2館がありました。『映画便覧 1960年版』によると中之島劇場の経営者は富浦高二であり、富浦は戦後に恩波楼の経営者でもあった人物のようです。

(写真)『映画便覧 1960年版』時事通信社、1960年。

 

『写真アルバム 知多半島の100年』には中之島劇場の写真が掲載されています。中之島劇場はその名の通り、矢田川に半島状に突き出た場所にあり、東側以外の三方を矢田川に囲まれていました。

(写真)1953年頃の中之島劇場。『写真アルバム 知多半島の100年』樹林舎、2022年。

(地図)中之島劇場が描かれた1952年の「大野町郵便図」『常滑市誌 絵図・地図編』常滑市、1979年。

(地図)中之島劇場が描かれた『全商工住宅案内図帳』住宅協会、1962年。愛知県図書館所蔵。

 

各年版の住宅地図によると、1965年(昭和40年)頃に閉館した中之島劇場の跡地にはパチンコ店が建っています。1970年代後半には矢田川の拡幅工事が行われ、かつて中之島劇場が建っていた場所は矢田川の川面と駐車場になっています。

(写真)中之島劇場の跡地。

(写真)中之島劇場の跡地と大野町駅

 

1.2 大野劇場(1934年5月-1969年頃)

所在地 : 愛知県常滑市尾張大野2354(1969年)
開館年 : 1934年5月
閉館年 : 1969年
跡地は「名鉄常滑線野町駅」北西70mにあるガレージ。

『大野町六十周年記念誌 復刻版』によると大野劇場は1934年(昭和9年)に建ったとのことで、1950年代末には映画館名簿にも掲載されるようになります。大野劇場の写真は発見できていません。

(地図)大野劇場が描かれた『全商工住宅案内図帳』住宅協会、1962年。愛知県図書館所蔵。

(地図)大野劇場の跡地にガレージが描かれた1977年の住宅地図。

(写真)1961年の大野本町商店街。『常滑市勢要覧 昭和36年版』常滑市、1961年。

 

跡地は駐車場となっています。敷地東端の煉瓦塀が気になるので、東側に隣接する北村茶店で話を聞くと、

火事があってから映画館ができて煉瓦塀もできた。映画館の建物を壊した際には塀も壊すように要望したけど駄目だった」とのこと。『大野町六十周年記念誌 復刻版』によると大野劇場で火災があったのは1946年(昭和21年)12月のことなので、煉瓦塀は戦後に建てられたもののようです。

(写真)大野劇場の跡地。2025年5月。

 

なお、2023年(令和5年)2月に訪れた際には屋根付きのガレージがありましたが、その後撤去されたようです。

(写真)大野劇場の跡地。2023年2月。

 

常滑市にあった映画館について調べたことは「知多半島の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(愛知県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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