
(写真)羽豆神社の社叢。
2020年(令和2年)10月、愛知県知多郡南知多町師崎と豊浜を訪れました。かつて師崎には映画館「師崎劇場」が、豊浜には「豊浜劇場」がありました。
※本記事は2022年2月に投稿した「南知多町師崎を訪れる」、3月に投稿した「南知多町豊浜を訪れる」から2025年5月に分割した記事です。
1. 師崎と豊浜の映画館
1.1 師崎劇場(1927年10月-1964年頃)
所在地 : 愛知県知多郡師崎町76(1964年)
開館年 : 1927年10月
閉館年 : 1964年頃
跡地は「ファミリーマート師崎的場店」北側のファミリーマート駐車場。
『映画館名簿』によると師崎劇場は1927年(昭和2年)10月開館です。開館時の名称は師崎座だったと思われます。知多半島南部の主要な映画興行主としては蟹本新一がおり、豊浜町の豊浜座、内海町の京映会館、美浜町野間の高砂会館などは蟹本の経営でしたが、それらの町に囲まれている師崎劇場は山下由一の経営館でした。

(写真)師崎劇場が掲載されている『全国映画館総覧 1955』時事通信社、1955年。

(写真)師崎映画劇場が掲載されている『映画便覧 1964』時事通信社、1964年。
1932年(昭和7年)の『大日本職業別明細図 第295号』には師崎座が、映画黄金期の1965年(昭和40年)の『観光と産業の知多半島住宅地図』には師崎劇場が描かれています。師崎劇場は現在のファミリーマート師崎的場店北側の駐車場の場所にあったのではないかと推測して現地を訪れました。

(写真)中央下に師崎座。『大日本職業別明細図 第295号』東京交通社、1932年。岡崎市立中央図書館所蔵。

(写真)中央上に師崎劇場。『観光と産業の知多半島住宅地図 その3』中京図書出版社、1965年。愛知県図書館所蔵。
ファミリーマート周辺は古くからある民家が少ないエリアですが、ファミリーマートのすぐ南にある家の方から映画館の場所の裏付けを取ることができました。この女性は70代前半とのことですが、島根県からはるばる師崎に嫁いできたそうです。

(写真)話を聞いた女性。

(写真)師崎劇場の跡地。地理院地図
1.2 豊浜劇場(1916年以前-1969年頃)
所在地 : 愛知県知多郡南知多町豊浜(1969年)
開館年 : 1916年以前
閉館年 : 1969年頃
跡地は美容室「ロッキー」北の建物。
豊浜座の経営者は蟹本新一であり、蟹本は山一興行社を設立しています。蟹本は知多半島で多数の映画館を経営していた興行主であり、豊浜座の他には半田市の半田ロマン・知多東宝、常滑市の常滑映画劇場、知多町の八幡劇場、美浜町の高砂会館、内海町の京映会館、豊浜町の豊浜座なども経営していました。

(写真)『全国映画館総覧 1955』時事通信社、1955年。

(写真)『映画便覧 1969』時事通信社、1969年。
愛知県図書館が所蔵する1965年(昭和40年)の『観光と産業の知多半島住宅地図』を閲覧すると、中洲集落の東部に豊浜劇場が描かれていました。この辺りは南知多町豊浜田名畑という小字であり、『全国映画館総覧 1955』にある豊浜町田名畑という所在地とも一致します。
豊浜市街地から徒歩で約10分かかる場所にあり、時代を考えるとやや奇妙な立地に思えます。国道沿いなので交通量は多く、周囲には水産加工会社が並んでいます。

(地図)『観光と産業の知多半島住宅地図』中京図書出版社、1965年。右端に豊浜劇場。愛知県図書館所蔵。

(写真)豊浜劇場跡地周辺の航空写真。地理院地図

(写真)豊浜劇場跡地と思われる場所。中央の建物。Google ストリートビュー。
南知多町師崎と豊浜にあった映画館について調べたことは「知多半島の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(愛知県版)」にマッピングしています。