以下の内容はhttps://ayc.hatenablog.com/entry/2025/03/17/213942より取得しました。


展覧会「見る場所を見る4」を見る

(写真)「見る場所を見る4」。

2025年3月15日(土)、東京都荒川区東日暮里のイベントスペース「元映画館」で開催された展覧会「見る場所を見る4 ~映画の記憶とメディア考古学の旅~」を鑑賞しました。

 

note.com

1. 荒川区の映画館の歴史

1.1 金美館チェーン

戦前・戦後の荒川区には多数の映画館がありました。鉄道3路線が交差する町屋には小規模な映画館街が形成されていましたが、基本的には区内全域に映画館が点在していた地域です。多数の映画館からなる金美館チェーン発祥地でもあり、1922年(大正11年)に美須鐄(みすこう)によって金美館(第一金美館)が開館しています。日暮里町金杉という地名、経営者名から一文字ずつ取った名称が金美です。

金美館チェーンは最盛期に20館程度まで膨れ上がりますが、その多くは戦時中の空襲で焼失しました。戦後、美須鐄は神奈川県川崎市に拠点を移し、美須商事(現チッタエンタテイメント)を設立しました。美須商事は川崎駅の南西に映画館街を形成し、1980年代後半には今日のチネチッタに発展しています。

(写真)荒川区の映画館。「消えた映画館の記憶地図(東京23区版)

 

1.2 日暮里金美館

荒川区で1991年(平成3年)まで営業していた日暮里金美館は、JR三河島駅の駅勢圏に3館あった映画館のひとつであり、1973年(昭和48年)頃竣工の旭ビル2階にあった映画館です。1994年(平成6年)頃まで営業していた尾久セントラルも、やはり1973年(昭和48年)頃竣工のビル2階で営業していた映画館でした。

荒川区で平成初期まで営業を継続していたのはこの2館のみですが、いずれも2025年(令和7年)現在も建物が現存する上に、1階部分にスーパーが入っているビルの2階に映画館があったという点も共通しています。JRの中吊り広告で「東京駅2駅圏」というキャッチコピーの下に尾久のマンションが紹介されていたように、日暮里や尾久は都心に近くて便利な下町であるようです。

(写真)尾久セントラルが入っていた松室ビル。壁面に映画館の看板が残る。

(写真)松室ビル2階の尾久セントラル跡地。

 

2019年(令和元年)、株式会社デリシャスカンパニーによって日暮里金美館の施設を転用したイベントスペース「元映画館」がオープンしました。なお、単独施設だった映画館がビル化してスーパーを併設する形は東京の映画館に多く、名古屋市の映画館ではあまり見られません。

(写真)「元映画館」が入る旭ビル。2階に日暮里金美館の文字が残る。

(写真)旭ビル下層階のフロアマップ。

2. プロジェクト「見る場所を見る」

2.1 「見る場所を見る」とは

プロジェクト「見る場所を見る」とは、鳥取大学地域学部准教授の佐々木友輔先生が主導して行われている、鳥取県内の映画館とレンタルビデオ店(「見る場所」)を調査して発信するプロジェクトです。

途中からは佐々木ゼミの杵島和泉さんも加わり、2023年(令和5年)12月までに3回+αの企画展が行われました。2024年(令和6年)4月には杵島さんが神戸大学大学院に進学して鳥取を離れましたが、以後も佐々木先生とともにこのプロジェクトに関わり続けています。「見る場所を見る3」までは鳥取県内の各都市が対象でしたが、今回は鳥取県を飛び出して全国5都市の映画館が題材となっています。

佐々木先生は東京芸術大学出身(博士)の映像作家であり、大学教員となってからも映像制作を続けているうえに、映画に関する様々な論考も著しています。「見る場所を見る」は画期的な手法を用いて地域の映画館を扱うプロジェクトですが、佐々木先生が鳥取に赴任しなければ存在しなかったはずです。

ayc.hatenablog.com

 

2.2 素材や手法の特徴

「見る場所を見る」で使用されている素材として特徴的なのは映画館プログラムです。戦前から1950年代の映画黄金期にかけて、全国の映画館で発行されていた上映作品案内のことであり、映画業界ではポスターやパンフレットとともにノンフィルム資料(映画作品そのもの以外の資料)と呼ばれる文献です。

展示の手法としては、「イラストレーション・ドキュメンタリー」と名付けられた手法が用いられており、映画館の古写真をデフォルメしてイラスト化したり、展覧会において情報提供を募って得た情報を新たな展覧会に繋げるという工夫が行われています。写真をイラスト化するという手法によって、文献内で死んでいた写真が生き返ったような印象を受けるし、提供された情報が次の展覧会につながることで記憶も生き返るように感じます。なお、古写真のイラスト化は映画館勤務経験のあるイラストレーターのClara(クララ)さんが担っています。

(写真)2023年12月に鳥取市で開催された「見る場所を見る3」。

(写真)2023年12月に鳥取市で開催された「見る場所を見る3」。

(写真)2023年12月に鳥取市で開催された「見る場所を見る3」。

(写真)2023年12月に鳥取市で開催された「見る場所を見る3」。

 

3. 企画展「見る場所を見る4」

3.1 「見る場所を見る1~3」までとの変化

2025年3月14日(金)から3月16日(日)の3日間、東京都荒川区東日暮里のイベントスペース「元映画館」で「見る場所を見る4」が開催されました。13時から17時までの展示(自由鑑賞)、18時から20時30分までの上映会&トークイベント(要予約)の2部構成です。展示は「見る場所を見る1〜3」で製作されたイラスト展示が軸であり、上映会&トークイベントでは今回のために新たに製作された映像作品が上映されました。

私が2023年(令和5年)12月に鳥取市で鑑賞した「見る場所を見る3」は、展示の構成も第1部と第2部のバランスも素晴らしいと感じましたが、鳥取市という地方都市における展覧会であるため、全国の学芸員や映画館研究者に伝わらないのが残念にも感じました。今回は満を持しての東京進出であり、映画館のホールを転用した「元映画館」は展示会場にうってつけの場所でもあります。

「見る場所を見る3」では展示が2部構成となっていましたが、今回の展示はイラスト展示の1部構成であり、第2部に相当する部分は展示会場内で流される映像で紹介されるだけとなっています。このため、上映会&トークに参加しなかった鑑賞者の中には、「見る場所を見る」プロジェクトの重要な要素を理解せずに帰った方もいたかもしれません。今年9月にはプロジェクトの集大成となる展覧会があるとのことなので、今回は「見る場所を見る3」と同様の構成として、映像作品製作&上映は集大成の展覧会に回してもよかったのではないかと思いました。

 

3.2 映像作品『ファントムライダーズ』

今回の企画展の目玉は、約1時間の映像作品『ファントムライダーズ』です。時代も場所も異なる5館の映画館プログラムや鑑賞記録を見つけた「私」が、鑑賞記録に沿って鳥取市、神戸市、金沢市熊本市盛岡市の5都市とその映画館を巡るという物語です。この映像作品において鍵となる資料という形で、共同監督の杵島和泉さん、佐々木友輔先生が収集した映画館プログラムや新聞記事などの素材が紹介されています。

なお、私自身も「映画館の歴史」または「既に閉館しており存在しない映画館」に興味があり、毎日のように古い映画館名簿や郷土資料などの素材からこれらの題材に触れています。私はサイト「消えた映画館の記憶」を作成するにあたって、沖縄県立図書館以外の全国46都道府県の都道府県立図書館で1700自治体分の住宅地図の調査を、全国900館以上の公共図書館で数千冊から数万冊の郷土資料の調査を行い、人力で収集した膨大な情報をできる限り選別したり加工することなくひたすら羅列しています。閲覧者にとっての読みやすさを度外視した、開き直りにも近い狂気の提示方法ですが、当然ながら『ファントムライダーズ』ではこのような安直な手法を用いていません。映像作品の中で「私」に語らせるという工夫をすることで、同じ素材でも鑑賞者に別の印象を与えることに成功しています。なお、上映後のトークイベントでは、製作に当たって参考にしたものとして「消えた映画館の記憶」を紹介していただきました。

 

この映像作品で行き来する時代は、昭和戦前期の1930年代だったり映画黄金期の1950年代だったりしますが、鑑賞者が明治モダン、大正ロマン、昭和レトロなどのノスタルジーをそれほど感じない映像となっています。これは「映画館研究を始めるまで映画にはあまり興味がなかった」という杵島さんの背景によるものでもあるし、シネコンとミニシアター以外の映画館を経験したことがない年代の方によるものだからでもあるでしょう。私も杵島さんと同じく既存興行館をほとんど知らない世代なので、情報の扱い方は杵島さんと共通するところがあるように思います。既存興行館に慣れ親しんだ世代の映画ファンがこの映像作品を観た際に、感じ方がどのように異なるかには興味があります。

この映像作品では「1999年の鳥取市の世界館」、「1938年の神戸市の神戸スケート映画館」、「1958年の金沢市のパリー菊水」、「1956年の熊本市の富士館」、「1933年の盛岡市の紀念館」が取り上げられています。鳥取市を除けば明確な映画館街(新開地、香林坊、新市街、映画館通り)があった都市ばかりであり、理想的な5都市の選定に思えました。とはいえ、トークイベントで明らかにされた映画館選定方法によると、この5都市が選ばれたのはほとんど偶然のようです。

神戸映画資料館で研究員をされていた田中晋平さんからは、「神戸に数ある映画館の中でなぜ神戸スケート映画館を選んだのかという指摘もありました。その都市の映画館に対する知識が豊富な方や、実体験から映画館に対する思い入れが強い方であれば、同様の疑問を抱いた方は多かったと思われます。とはいえ、固定観念や知識に囚われることなく、ストーリー性などを判断基準にした選定方法は興味深く、新鮮な気持ちで各映画館の歴史を受容できました。なお、今回の展示には含まれていませんが、「見る場所を見る3」以前の展示では似たような判断基準による展示が行われています。

私は失われた映画館を紹介する時に、現在の跡地の写真を示して「ここに映画館があった」と解説する方法を多用します。しかし今回の映像作品では、現在の跡地の写真を示しながら(建物は数十年前に取り壊されているというのに)「ここに映画館がある」というナレーションが付けられていました。意外性のある伝え方が予想外にはまっており、杵島さんと佐々木先生ならではの伝え方の妙を感じました。

 

映像作品『ファントム・ライダーズ』におけるクレジットは、【佐々木友輔:共同監督、脚本、撮影、編集】【杵島和泉:共同監督、リサーチ、脚本】となっています。2023年(令和5年)には佐々木先生と杵島さんの共著で『地域学論集』に紀要論文「地方映画史を記述するための方法論」が出ているほか、2024年(令和6年)にはやはり共著で鳥取大学ブックレット『映画はどこにあるのか 鳥取の公共上映・自主制作・コミュニティ形成』が刊行されています。2023年(令和5年)12月に私が鳥取市を訪れた際の杵島さんはまだ学部生でしたが、とても学生レベルではない取り組みに刺激を受けています。




以上の内容はhttps://ayc.hatenablog.com/entry/2025/03/17/213942より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14