
(写真)代官町商店街。
2023年(令和5年)3月、愛知県名古屋市東区代官町と筒井町を訪れました。
※本記事は2023年3月に投稿した「代官町・筒井町の映画館」から2025年2月に分割した記事です。
1. 代官町商店街
代官町商店街は名古屋市東区にある商店街。名古屋城下を南北に延びる本町通りを起点とすると、京町通り→下街道を東に2kmの距離にあります。尾張徳川家の菩提寺である建中寺の門前に、名古屋城に近い方から代官町商店街と筒井町商店街が一体的に形成されています。

(地図)1888年-1898年の名古屋城下における代官町・筒井町。今昔マップ
名古屋市は太平洋戦争で大規模な空襲を受けた都市であり、代官町の東側や筒井町の西側が焼失したようです。代官町・筒井町に計4館あった映画館の中では3館が戦後も歴史を継続していますが、敷島劇場は被災したことで閉館したと思われます。

(写真)『防空関係資料・全国主要都市戦災概況図 名古屋』日本政府、1945年。国立公文書館デジタルアーカイブ
戦前から戦後にかけて、代官町の西端を名古屋市電が走っており、最寄りの電停として平田町(へいでんちょう)電停がありました。1971年(昭和46年)にはこの区間の市電が廃止され、代官町・筒井町はバス以外の交通手段がない地域になりました。
名古屋都心までわずか数キロという立地は魅力的です。近年の代官町ではマンションが急増し、2000年(平成12年)に2,088人だった代官町の人口は、2015年(平成27年)に3,904人にまで増加しています。

(写真)代官町商店街。

(写真)代官町商店街。

(写真)代官町商店街。
『東区の歴史』(東区総合庁舎建設後援会、1973年)には1941年(昭和16年)の代官町商店街にあった商店図が掲載されています。代官町は1945年(昭和20年)の空襲によって半分が焼失しており、戦前の商店図にもあって現在も営業している商店としては、青果店のカワケン(河憲)とレストランの一正亭があります。


(写真)青果店 カワケン(河憲)。

(写真)レストラン 一正亭。
1971年(昭和46年)の毎日新聞に掲載された「かいわい」によると、"ここで買えないものはまずない" "戦前は道路わきを露店がうずめ、夕方になると散歩がてら買物を楽しむユカタ姿の人たちでごったがえした" とのこと。
1984年(昭和59年)の中部読売新聞に掲載された「なごやひと風土記」によると、代官町・筒井町は "かつては名古屋の東西を貫くメーンストリートでもあり、大須、円頓寺と並ぶ三大繁華街でもあった" とのこと。
戦後に名古屋市の東部丘陵地域が発展するにつれて千種区の今池が発展し、名古屋市電の廃止に合わせて代官町・筒井町と円頓寺は衰退していきます。


(写真)「かいわい 東区代官町商店街」『毎日新聞』1971年8月20日夕刊。名古屋市東図書館が所蔵する新聞スクラップブックより。

(写真)「なごやひと風土記 筒井・代官町通」『中部読売新聞』1984年2月4日。名古屋市東図書館が所蔵する新聞スクラップブックより。
1.1「丸織跡街園」碑
当街園ハ愛知織物株式会社工場跡ナリ
明治二十三年三月此地ニ於テ創業シ社業ノ隆昌ニ伴ヒ千種高見ニ新工場ヲ建設シ移転シタル昭和七年迄四十有三年間創業ノ地ナリ
昭和十一年三月工場跡八千五十一坪ノ土地ヲ以テ土地区画整理施行ノ認可ヲ得テ工ヲ起シ同十四年一月完了ス
依而区画整理事業を記念シ当街園ヲ説ク
街園の地積 一百四十六坪二合
昭和十四年四月 丸織愛知織物株式会社

(写真)代官町会館にある「丸織跡街園」碑。


(写真)「丸織跡街園」碑がある代官町会館。

(写真)敷島劇場跡地のブロック。