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今池の映画館(3)

(写真)キノシタホールが入っていたCORE SELDOM。

2025年(令和7年)1月、愛知県名古屋市千種区今池を訪れました。今池名古屋市東部における繁華街であり、かつて映画館街として知られていました。「今池の映画館(1)」「今池の映画館(2)」からの続きです。

 

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1. 今池の映画館

1.5 今池劇場・今池名画劇場・今池地下劇場(1950年12月23日-1997年9月30日頃)

所在地 : 愛知県名古屋市千種区内山3-33-8(1995年)
開館年 : 1950年12月23日、1962年4月25日(ビル化)
閉館年 : 1997年9月30日頃
『全国映画館総覧 1955』によると1950年12月開館。1951年の映画館名簿には掲載されていない。1952年・1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「今池映画劇場」。1963年・1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1982年・1985年・1988年・1990年・1995年・1997年の映画館名簿では「今池劇場」。1998年の映画館名簿には掲載されていない。新今池ビル。

戦争末期の1945年(昭和20年)、名古屋市街地は幾度も空襲の被害を受けています。3月19日の空襲では名古屋駅が炎上したほか、今池近辺では鶴舞の名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大学)周辺が爆弾・焼夷弾の攻撃を受けました。

3月25日には今池交差点の南西と今池交差点の北東が爆弾・焼夷弾の攻撃を受け、5月14日には今池交差点の南東が焼夷弾の攻撃を受けました。今池交差点周辺のエリアはこれらの空襲でほぼ完全に焼失しており、戦前の建物は残っていないようです。一方で、千種駅に近いエリアは空襲を免れています。

(写真)今池周辺の空襲被害。「全国主要都市戦災概況図 名古屋市日本国政府、1945年12月。

(写真)1949年11月の今池交差点付近。地図・空中写真閲覧サービス

 

今池には戦前から映画館の今池館がありましたが、1946年(昭和21年)8月には今池国際劇場として営業を再開。1950年(昭和25年)12月には今池で2番目の映画館として、今池交差点の北西角に今池映画劇場が開館しました。オープニングは大映作品『鉄路の弾痕』。なお、1958年(昭和33年)には今池映画劇場の北側に、広小路通と並行する錦通が開通しています。

(写真)今池映画劇場の開館日の広告。『名古屋タイムズ』1950年12月23日。

(写真)1957年の今池映画劇場。

(写真)1959年の今池映画劇場。左端は広小路通、右端は錦通、手前は環状線。『キネマと白球』風媒社、2022年。

 

1962年(昭和37年)4月には今池映画劇場が6階建の新今池ビルに建て替え、70ミリ劇場の今池劇場として営業を再開しました。オープニングは西部劇『アラモ』ですが、この作品の日本公開は1960年(昭和35年)12月のことです。なお、1962年(昭和37年)9月には地下に今池地下劇場が、1963年(昭和38年)9月には今池名画劇場も開館しています。

(写真)今池劇場のビル化の際の広告。『名古屋タイムズ』1962年4月22日。

(写真)今池劇場のビル化の際の広告。『名古屋タイムズ』1962年4月24日。

(地図)1973年の住宅地図における新今池ビル(左下)。

 

1977年(昭和52年)11月2日の上映案内には「本日新築オープン 今池劇場」という記述がみられますが、「新築」が単なるリニューアルオープンという意味なのかどうかは不明。

(写真)今池劇場のリニューアルオープンの際の上映案内。『名古屋タイムズ』1977年11月2日。

 

今池ビルには3館の映画館が入っていましたが、今池劇場と今池名画劇場は1997年9月30日頃に閉館し、今池地下劇場のみとなりました。今池劇場は洋画ロードショー館でしたが、今池地下劇場も洋画館でした。2008年(平成20年)以降には映画館名簿に掲載されなくなりますが、成人映画館に移行したためだと思われます。今池地下劇場は2017年(平成29年)に閉館しました。

(写真)今池劇場などが入っていた新今池ビル。2019年8月。

(写真)転用されている今池劇場のポスター掲示板。2019年8月。

(写真)閉館して久しい今池劇場跡地。2016年。(右)営業中の今池地下劇場。2016年。

 

2019年(令和元年)頃には新今池ビルが完全に封鎖され、2020年(令和2年)から2021年(令和3年)に解体されました。跡地には今池最高層のザ・ファインタワー名古屋今池が建設中であり、2025年(令和7年)内に竣工予定です。

(写真)新今池ビル跡地のザ・ファイン・タワー名古屋今池

 

1.6 今池国際劇場・国際シネマ(昭和初期-2006年8月20日

所在地 : 愛知県名古屋市千種区今池5-11-18(2005年)
開館年 : 昭和初期、1984年3月17日(ビル化)
閉館年 : 2006年8月20日
『全国映画館総覧 1955』によると1946年8月開館。1930年・1934年・1936年の映画館名簿では「今池館」。1941年の映画館名簿では「今池劇場」。1943年の映画館名簿では「今池館」。1947年・1949年の映画館名簿では「国際劇場」。1950年の映画館名簿では「今池国際劇場」。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「国際劇場」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1982年・1983年の映画館名簿では「今池国際劇場」。1984年の映画館名簿には掲載されていない。1985年・1990年・1995年・2000年・2005年・2006年の映画館名簿では「今池国際劇場・今池国際シネマ」(2館)。2007年の映画館名簿には掲載されていない。スタジアム1100 2階。跡地はパチンコ店「キング観光サウザンド今池店」。

戦前の千種区には千石町の武田座/武田劇場、若竹町の千種館、千種通の今池館と、3館の映画館がありました。昭和初期に今池館を開館させたのは 古川為三郎 - Wikipediaであり、古川為三郎は映画館経営を起点として日本有数の実業家となった人物です。

(地図)戦後の今池国際劇場と同一地点に今池館が描かれている『名古屋市居住者全図 昭和4年調昭和8年調』名古屋市鶴舞中央図書館、1938年。名古屋市鶴舞中央図書館所蔵。

 

千種館は弁士出身の篠田兼吉が経営者だった映画館であり、篠田は戦時中に岐阜県の朝日館(後の竹鼻朝日東映)の経営者となっています。武田劇場と千種館は戦前で歴史を終えたようですが、今池館は戦後に今池国際劇場として再建され、営業を再開しています。

(写真)1956年の今池国際劇場。『キネマと白球』風媒社、2022年。

(写真)1957年の今池映画劇場。

 

戦後の経営者の欄には、古川為三郎の二男である古川博三郎が記されています。

1925年(大正14年)生まれの古川博三郎は、東邦商業学校(現・東邦高校)から京都の同志社経済専門学校(現・同志社大学商学部)を卒業し、1952年(昭和27年)に今池土地建物の取締役に就任。戦前から古川家が所有していた今池国際劇場に加えて、今池土地建物は1952年(昭和27年)には今池アカデミー劇場、1954年(昭和29年)には今池フジ劇場を開館させ、今池商店街の南東部で3館の映画館を経営する興行会社となりました。

1959年(昭和34年)には古川博三郎が社長に就任しますが、この年はうなぎ上りだった映画観客数が減少に転じた年であり、厄介なタイミングで経営者となったようです。1974年(昭和49年)に今池アカデミー劇場を休館させ、1981年(昭和56年)に今池フジ劇場を閉館させて会社をスリム化させました。

(写真)『産経日本紳士年鑑 第8版 下』産経新聞年鑑局、1969年。

 

1980年代中頃、今池土地建物は弟の古川善次郎が経営する新今池興業に今池国際劇場を売却。新今池興業はパチンコ店やレストランを経営していた企業ですが、これを機に映画館経営に進出すると、1984年(昭和59年)にエフワンに社名変更し、今池国際劇場を同一地点で建て替えました。1階にパチンコ店のSTADIUM 1100が、2階に今池国際劇場・国際シネマが入る総合娯楽ビルであり、開店当時のSTADIUM 1100は世界最高の台数を有するパチンコ店だったようです。

文献によると、古川為三郎の長男が古川勝巳、二男が古川博"三"郎、三男が古川善"次"郎とのことですが、なぜこのような名づけを行ったのかはよくわかりません。なお、瀬戸市の瀬戸中央劇場・ロマン中央、豊田市トヨタグランドなどを経営していた中野喜七郎は古川博三郎や古川善次郎の弟だそうです。

(写真)今池国際劇場のビル化の際の上映案内。『名古屋タイムズ1984年3月17日。

(写真)今池国際劇場のビル化の際の上映案内。『中日新聞1984年3月16日夕刊。※『名古屋タイムズ』ではありません。

(地図)1985年の住宅地図における今池国際劇場・国際シネマ(中央)。

 

2004年(平成16年)4月期、エフワンは(※映画ではなくパチンコの好調などで)過去最高の売上高304億9400万円を記録していますが、事業の多角化の失敗などで急速に財務状況が悪化し、2年後の2006年(平成18年)2月27日には負債額約116億円で民事再生手続開始を申し立てました。この結果、今池国際劇場・国際シネマは同年8月19日をもって営業を停止しています。

(写真)「予告なし 突然終幕 今池の2映画館」『中日新聞』2006年8月20日

 

2008年(平成20年)12月、STADIUM 1100/今池国際劇場・国際シネマの跡地にキング観光サウザンド今池店(現・サウザンド今池1号店)が開店しました。キング観光は三重県や愛知県を中心に出店するパチンコチェーンであり、1000台以上の大型店を繁華街などに出店する方針が特徴です。

(写真)今池国際劇場・国際シネマ跡地のパチンコ店。2025年1月。

 

1.7 キノシタホール(1986年3月1日-2019年4月26日)

所在地 : 愛知県名古屋市千種区内山1-18-10 Core Seldom2階(2018年)
開館年 : 1986年3月1日
閉館年 : 2019年4月26日
1985年の映画館名簿には掲載されていない。1988年・1990年・1995年・2000年・2005年・2010年・2015年・2018年の映画館名簿では「キノシタホール」。2020年の映画館名簿には掲載されていない。建物の「Core Seldom」は現存。

1953年(昭和28年)、木下茂三郎は化学製品の卸商社として株式会社木下茂商店を設立し、1961年(昭和36年)9月に株式会社キノシタに社名変更しました。1963年(昭和38年)には岐阜県下呂カントリークラブを設立し、以後も複数のゴルフコースを開設しました。1973年(昭和48年)以後には特に金の輸入や売買で事業の規模を拡大させ、「ゴールド・キノシタ」という通称まで付けられています。

1974年(昭和49年)にはマツオカ薬品が入っていた今池グリーンビルを買収。1976年(昭和51年)には音楽学校である名古屋芸術音楽学院を設立して理事長に就任し、今池グリーンビルを音楽学院の建物(音楽会館)としました。1983年(昭和58年)には名古屋初の本格的な映画製作会社であるキノシタ映画を設立し、森崎東監督の『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』などを製作しています。

(写真)音楽会館となる前の今池グリーンビル。「ビル経営に乗り出したキノシタ」『中部財界』1975年7月号。

 

1986年(昭和61年)3月1日には音楽会館にキノシタホールが開館しますが、キノシタホールはミニシアターと名画座の特徴を併せ持つ映画館であり、株式会社キノシタが製作した映画などを上映しました。なお、株式会社キノフィルムズや株式会社kino cinémaなどを内包する木下グループは株式会社キノシタとは無関係です。

(写真)音楽会館。「こちら特報 純金販売のキノシタさんが音楽塾開き」『中日新聞』1976年12月15日。

 

2008年(平成20年)12月27日、音楽会館が同一地点でCORE SELDOMに建て替えられました。桜通と環状線が交差する内山町交差点には今池歩道橋が架かっていますが、北西角にあるガラス張りのCORE SELDOMはこのエリアのランドマーク的存在となっています。

(写真)キノシタホールが入っていたCORE SELDOM。2025年1月。

 

しばしば、採算を度外視して社会貢献事業として運営される民間の文化施設がありますが、キノシタホールもそのような映画館に見えました。映画館が入ることを前提として設計された階段状のホールは快適で、音楽練習が主目的のビルだけあって防音性能も良好だったように思えます。

キノシタホールは2019年(令和元年)4月26日をもって閉館しました。新型コロナウイルス感染症の流行で世界中が深刻な状況になる1年前のことでした。

(写真)2016年の『ロスト・イン・パリ』上映時のキノシタホール。2018年。

 

1.8 名古屋シネマテーク(1982年6月26日-2023年7月28日)

所在地 : 愛知県名古屋市千種区今池1-6-13 今池スタービル2階(2022年)
開館年 : 1982年6月26日
閉館年 : 2023年7月28日
1986年の映画館名簿には掲載されていない。1988年・1990年・1995年の映画館名簿では「名古屋シネマテーク」。2000年・2005年・2010年の映画館名簿では「シネマテーク」。2015年・2018年・2020年・2022年の映画館名簿では「名古屋シネマテーク」。

(写真)名古屋シネマテークが入っていた今池スタービル。2016年。

 

今池の映画館について調べたことは「名古屋市千種区の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(愛知県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

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