
(写真)砺波市立砺波図書館。
現在の砺波市にはシネコン「イオンシネマとなみ」があります。かつて砺波市街地には映画館「となみ劇場」「出町映画劇場」があり、庄川市街地(旧・東礪波郡庄川町)には「金屋劇場」がありました。金屋劇場の建物は現存しています。
「南砺市福野地域を訪れる」「福野町の映画館」「福光町の映画館」からの続きです。
1. 砺波市立砺波図書館
砺波市立砺波図書館は2020年(令和2年)7月に開館した図書館です。設計者は三上建築事務所と押田建築設計事務所の共同企業体。砺波平野の伝統的な農家建築である「あずまだち」がモチーフとのこと。
建物は長辺が約80メートル、短辺が約40メートルの台形であり、建物の8割を覆う大きな片流れ屋根が外観の特徴です。3,342m2という延床面積の8割が1階の床面積であり、ワンフロアやワンルームなどといった言い方がなされています。

(写真)「BOOK BAG」(本の福袋)。
1階の郷土資料コーナーとは別に、ティーンズコーナーなどがある2階には高田文庫と金田文庫がありました。高田文庫は東礪波郡出町(現・砺波市)出身の文学者である高田衛 - Wikipediaから寄贈された著作などを集めたもの。金田文庫は砺波平野の研究で多大な功績がある地理学者の金田章裕 - Wikipediaから寄贈された研究所などを集めたものです。


(写真)高田文庫。


(写真)金田文庫。
2. 砺波市の映画館
戦前の東礪波郡では福野町に映画館がありましたが、出町(現・砺波市)には映画館が存在しませんでした。終戦直後の1945年(昭和20年)12月には出町映画劇場が開館。1954年(昭和29年)には砺波平野で初めて砺波市が市制を施行し、1957年(昭和32年)にはとなみ映画劇場(後のとなみ劇場)も開館しています。

(写真)『映画便覧 1960年版』。

(写真)『映画館名簿 1988年版』。
2.1 出町映画劇場(1945年12月28日-1961年9月)
所在地 : 富山県砺波市中神1250(1960年)
開館年 : 1945年12月28日
閉館年 : 1961年9月
『全国映画館総覧 1955』によると1945年12月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年の映画館名簿では「出町映画劇場」。1963年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「真光寺」北北東90mの敷地。
(砺波市立砺波図書館ではなく)南砺市立福野図書館には砺波地域の新聞記事集成があったので、砺波市の映画館に関する言及を集めました。
1947年(昭和22年)2月10日の『礪央民報』には出町映画劇場が再建を計画しているとあります。戦前の映画館名簿には出町に映画館は掲載されていませんが、この記事によると出町映画劇場の歴史は戦前にも遡るのかもしれません。

(写真)「出町映劇に洋画」『礪央民報』1947年2月10日。
1949年(昭和24年)3月1日の『出町新聞』には、仮設館を用いて営業していた出町映画劇場が3月中旬に本格的な劇場を開館させるとあります。映画劇場(映劇)という名称ですが、間口7間×奥行4間という大きさの舞台があり、演劇公演でも使用できる劇場だったようです。

(写真)「出町映劇新築」『出町新聞』1949年3月1日。
出町映画劇場ととなみ映画劇場はいずれも株式組織でした。1958年(昭和33年)を境に映画観客数が減少し始めると、1961年(昭和36年)には両者の話し合いによって組織を合併させ、出町映画劇場を廃止、となみ映画劇場を存続させています。

(写真)「両映劇の合併」『月刊となみ』1961年12月10日。
2.2 金屋劇場(1948年9月-1963年頃)
所在地 : 富山県東礪波郡庄川町金屋2063(1963年)
開館年 : 1948年9月
閉館年 : 1963年頃
『全国映画館総覧 1955』によると1948年9月開館。1950年の映画館名簿には掲載されていない。1953年・1955年・1958年・1960年・1963年の映画館名簿では「金屋劇場」。1964年の映画館名簿には掲載されていない。木村産業社屋2階。映画館の建物は「木村産業」社屋として現存。
砺波市庄川町金屋には土木建設資材業の木村産業株式会社があります。明治時代に初代が鍛冶屋を始め、1924年(大正13年)10月1日に木村商店を創業、2024年(令和6年)には創業100周年を迎えています。近代建築の社屋を建てたのは1930年(昭和5年)のことであり、富山県においては最初期の鉄筋コンクリート造の建物だったようです。
戦後の1949年(昭和24年)には社屋の2階に映画館の金屋劇場を開館させ、隣接する東礪波郡井波町の井波劇場とともに運営していました。1952年(昭和27年)には社長の木村長次郎が庄川町議会議長に就任していますが、この時代に市町村議会議員を務めていた映画館経営者はとても多い。

(写真)木村産業社屋。Googleストリートビュー
2.3 となみ劇場(1957年10月29日-1987年11月)
所在地 : 富山県砺波市表町3-14(1988年)
開館年 : 1957年10月29日、1975年11月末(ビル化)
閉館年 : 1987年11月
1955年の映画館名簿には掲載されていない。1960年・1963年の映画館名簿では「となみ映画劇場」。1966年・1969年・1973年・1976年・1980年・1985年・1988年の映画館名簿では「となみ劇場」。1990年の映画館名簿には掲載されていない。跡地は「南町天満宮」北側の「あい・あいタクシー砺波営業所」。
1957年(昭和32年)に砺波市街地2番目の映画館としてとなみ映画劇場が開館すると、1961年(昭和36年)には出町映画劇場と統合されて砺波市街地唯一の映画館となりました。

(写真)1961年の航空写真におけるとなみ劇場と出町映画劇場。地図・空中写真閲覧サービス
1975年(昭和50年)には同一地点でビル化し、1階は貸しテナントに、2階が映画館となっています。となみ劇場は1987年(昭和62年)に閉館し、跡地はタクシーの営業所となっています。

(写真)1975年に新装開館したとなみ劇場。『保存版 砺波・小矢部今昔写真帖』郷土出版社、2002年。

(写真)「となみ劇場の新装」『となみ新聞』1975年12月号。
2.4 イオンシネマとなみ(2023年7月1日-営業中)
所在地 : 富山県砺波市中神1-174 イオンモールとなみ1階(2024年)
開館年 : 2023年7月1日
閉館年 : 営業中
2022年の映画館名簿には掲載されていない。2024年の映画館名簿では「イオンシネマとなみ1-5」(5館)。
2023年(令和5年)7月1日にはイオンシネマとなみが開館しました。2015年(平成27年)にイオンモールとなみが開業した際にはシネコンの設置が見送られたものの、8年後になってスポーツオーソリティ跡地に開館しています。
日本で初めて全スクリーンにドルビーアトモス(Dolby Atmos)が導入されたシネコンであるほか、イオンシネマは全国初の「コンパクト型シネマコンプレックス」を謳っています。5スクリーンは秋田県のイオンシネマ大曲、千葉県のイオンシネマ銚子、茨城県のイオンシネマ下妻と並んでイオンシネマ最小です。

(写真)『映画館名簿 2024年版』。

(写真)イオンモールとなみ。photo : SONIC BLOOMING
砺波市の映画館について調べたことは「富山県の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(富山県版)」にマッピングしています。