
(写真)西方寺授眼寺仏教図書館。
2024年(令和6年)12月、富山県南砺市福野地域(旧・東礪波郡福野町)を訪れました。「福野町の映画館」「福光町の映画館」に続きます。
1. 福野地域を訪れる
1.1 吉田鉄郎の建築
福野地域には重要文化財の近代建築として巖浄閣 - Wikipedia(旧富山県立農学校本館)があります。登録有形文化財としては個性的な神社建築として白山宮鞘堂があり、近代の町家として山田家住宅洋館ほか3件も登録されています。
山田家住宅洋館の設計者は福野町出身の吉田鉄郎。吉田鉄郎は逓信建築で知られる建築家であり、旧京都中央電話局(現・新風館)や東京中央郵便局旧局舎を設計していますが、福野町には設計した建物が3棟現存するようです。山田家住宅洋館は奥まった位置にあるので通りからは見えません。

(写真)山田家住宅蔵。
西方寺にはやはり吉田鉄郎が設計した授眼寺仏教図書館があります。東京帝国大学建築学科在学中の1919年(大正8年)に私設図書館として竣工し、戦後の1949年(昭和24年)には福野町に移管されて福野町立授眼図書館となりました。1991年(平成3年)には福野文化創造センターヘリオスに現行館が開館しますが、この建物は70年以上も公共図書館として用いられたようです。
鉄筋コンクリート造ですが両端に鴟尾 の付いた瓦屋根、向拝の下には4本のオーダーと、とても個性的な和洋折衷の近代建築。窓の形状や赤色も特徴的です。効果的な活用がなされることを期待します。

(写真)西方寺授眼寺仏教図書館。

(写真)西方寺授眼寺仏教図書館。
福野交番から西に向かう通り沿いには梶井邸座敷(旧福野郵便局離れ)があります。吉田鉄郎(吉田は妻の姓)の五島家は福野郵便局長を務めた家であり、1923年(大正12年)には吉田鉄郎の設計によって、兄が局長を務める福野郵便局の新局舎が竣工。この局舎は現存しませんが、離れが現存して地域活動の拠点となっているようです。

(写真)西方寺授眼寺仏教図書館。
1.2 その他の近代建築など
山田家住宅の東側にある山田雲煙堂印刷所の建物も気になりました。2階に六角形の窓があります。昭和初期の竣工でしょうか。東側には下見板張りの壁面が見え、3階に相当する窓も見えます。

(写真)山田雲煙堂印刷所。

(写真)山田雲煙堂印刷所。「雲煙堂」の扁額。
富山第一銀行、北陸銀行、砺波信用金庫の3件の銀行/信用金庫が集まる上町交差点は「銀行四つ角」と呼ばれており、福野神明社の福野夜高祭はこの周辺で開催されるようです。
交差点北東角の富山第一銀行福野支店は近代建築に見えますが、戦後の1951年(昭和26年)竣工とのこと。9本のオーダーが並ぶ古典主義チックな銀行建築です。もっとも、重厚な外観は正面から見た時のみであり、北側に回ると奥行きのない側面が見えます。

(写真)富山第一銀行福野支店。
2. 南砺市立福野図書館
2.1 図書館の館内
既に紹介した授眼寺仏教図書館が福野図書館の前身となる公共図書館です。1919年(大正8年)から70年以上も西方寺の建物が公共図書館として用いられ、1991年(平成3年)に福野文化創造センター ヘリオスが竣工しました。この複合施設の核は多目的ホールであり、ホールを取り囲むように図書館や会議室が配置されています。

(写真)福野文化創造センター「ヘリオス」。

(写真)南砺市立福野図書館のフロアマップ。
富山県南砺市の福野図書館は螺旋階段のある公共図書館。ゆったりしたフロアの中に不自然に存在する螺旋階段もありますが(甲賀市水口図書館とか。設計者の好みか)、福野図書館は間取りの制約からやむを得ず設置されたタイプと思われます。

(写真)南砺市立福野図書館の螺旋階段。

(写真)テーマ展示「色いろコレクション Black」。
2.3 郷土資料
現地を訪れる前に「芝居小屋 福助座の跡地」についてレファレンスフォームからレファレンスをしたら、一日も経たずに完璧な回答が返ってきました。
現地で郷土資料コーナーを見たら確かに郷土資料の収集姿勢もすごいのだけど、どういうプロセスで回答に用いる資料を探し出したのか見当がつかない。この図書館には自館の郷土資料に精通した司書がいるのだろうと感じました。

(写真)郷土資料。

(写真)郷土資料。