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山鹿市を訪れる

(写真)千代の園酒造。

2024年(令和6年)8月、熊本県山鹿市を訪れました。「八千代座を訪れる」「八千代座資料館 夢小蔵を訪れる」からの続きです。「山鹿市の映画館」に続きます。

 

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1. 山鹿市を訪れる

1.1 豊前街道

山鹿市豊前街道の宿場として栄えた町であり、現在も豊前街道沿いには趣のある町並みが残っています。

(写真)豊前街道。八千代座通りとも呼ばれる八千代座近く。

(写真)豊前街道。さくら湯の南側。

(絵図)八千代座や活動日昇館が描かれている『山鹿温泉案内』山鹿町役場、1935年。

 

1.2 千代の園酒造

豊前街道菊池川に突き当たる部分には千代の園酒造があります。1896年(明治29年)に本田喜久八によって創業し、戦争末期の1944年(昭和19年)に企業整備令によって本田酒造場となると、1960年(昭和35年)に千代の園酒造株式会社に改組しています。

(写真)千代の園酒造。

 

八千代座の天井には「米穀商」や「清滝 醸造元」と書かれた本田喜久八商店の広告も描かれていました。千代の園酒造のすぐ近くには菊池川の船着き場があったようで、江戸時代には年貢米などが、近代には本田喜久八商店の清酒などがここから下流部に運ばれたようです。

(左)八千代座の天井。本田喜久八商店の看板。(右)千代の園酒造の陶器酒樽。

(写真)菊池川

 

2. 山鹿市の近代建築

2.1 山鹿温泉さくら湯

山鹿温泉は山鹿市街地にある都市型の温泉街であり、共同湯としてさくら湯があります。

1872年(明治5年)に旧藩士の江上津直と井上甚十郎によって初代の建物が建てられ、山鹿温泉を象徴する施設となりました。1899年(明治32年)には道後温泉本館を建てた棟梁の坂本又八郎によって2代目の建物となり、唐破風の玄関が築かれています。

1973年(昭和48年)には老朽化によって2代目の建物が解体され、1975年(昭和50年)には再開発ビルの温泉プラザ山鹿内に同名の共同湯が設置されました。2010年代初頭には再び再開発事業が行われ、2012年(平成24年)に現在のさくら湯が営業を開始しました。建物は2代目の建物を模しており、「九州最大級の木造温泉施設」とされます。

(写真)2012年竣工のさくら湯。1899年竣工の2代目建物を復元。

 

2.2 山鹿灯籠民芸館(国登録)

山鹿市を象徴する和風建築は八千代座ですが、近代建築としては山鹿灯籠民芸館(旧安田銀行山鹿支店)があります。

1925年(大正14年)にRC造で安田銀行山鹿支店として建てられました。イオニア式オーダーなどを用いた重厚な銀行建築ではありますが、レンガ調タイルなどが用いられているのが大正時代を感じさせます。純和風建築の八千代座が竣工したのは1910年(明治43年)のことであり、わずか15年でこれだけ建築様式が変わったことに驚きます。

その後肥後銀行山鹿支店となって1973年(昭和48年)まで営業し、1987年(昭和62年)に山鹿市に譲渡されて山鹿灯籠民芸館が開館しました。2002年(平成14年)には登録有形文化財に登録されています。

(写真)山鹿灯籠民芸館。

 

2.3 旧徳永洋品店

千代の園酒造のすぐ北側にはしびんちゃ館(旧徳永洋品店)という看板建築があります。昭和初期とされていますが竣工年は不明。アールを描いた角部や存在感のあるパラペットが特徴です。

(写真)旧徳永洋品店

 




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