
(写真)旧公正會舘。
2022年(令和4年)11月、千葉県銚子市を訪れました。
現在の銚子市にはシネコンの「イオンシネマ銚子」があります。かつては映画館「銚子セントラル」「銚子映画劇場」「銚子東映劇場/銚子マリン」「銚子座/銚子日活劇場」「銚子大映」「銚子富士館」「演芸館/銚子スカラ座」「銚盛館」がありました。
「銚子市を訪れる」からの続きです。「銚子市の映画館(2)」に続きます。
※2025年10月、本記事から「銚子市の映画館(2)」を分割しました。
1. 銚子市の映画館

(写真)戦時中の飯沼観音周辺の映画館。『ふるさとの想い出 写真集 明治大正昭和 銚子』国書刊行会、1984年。千葉県立中央図書館所蔵。
1.1 銚盛館(1921年以前-1962年頃)
所在地 : 千葉県銚子市馬場町170(1963年)
開館年 : 1921年以前、1946年2月
閉館年 : 1962年頃
跡地は「圓福寺・飯沼観音参拝者駐車場」中央部東側。
銚子市の映画館は飯沼観音の西側から南側の一帯に密集していました。1925年に初めて発行された全国の映画館名簿、『日本映画年鑑 大正13・4年度』(東京朝日新聞発行所、1925年)には、銚子町の映画館として銚盛座と銚子館の2館が掲載されています。また、1930年(昭和5年)の『大日本職業別明細図 第201号』には、銚楽座、銚子座、銚盛館の3館が描かれています。
銚盛館が開館したのは大正時代頃と思われ、銚子座と並んで銚子町最初期の映画館でした。戦後には1946年(昭和21年)2月に営業を再開し、1962年(昭和37年)の映画館名簿に掲載されているのが最後です。

(写真)戦前の銚盛館の広告『銚子商工案内 昭和15年版』銚子商工会議所、1940年。国立国会図書館デジタルコレクション。

(写真)銚盛館跡地にアキヤが描かれている『ゼンリン住宅地図』ゼンリン、1971年。銚子市公正図書館所蔵。

(写真)銚盛館跡地の飯沼観音駐車場。
1.2 演芸館/銚子スカラ座(1936年-1973年頃)
所在地 : 千葉県銚子市新生1-53(1973年)
開館年 : 1936年、1946年3月
閉館年 : 1973年頃
跡地は「大川干魚店」と南隣の駐車場。
銚盛館や銚子座に続いて、1936年(昭和11年)に開館したのが演芸館です。演芸館という名称は映画館というよりも演芸場のようですが、開館後から一貫して映画館名簿に掲載されており、1940年(昭和15年)の広告には「臼井映画部直営」「東洋一松竹映画」とあります。
経営者の臼井荘一 - Wikipediaは、早稲田大学商学部を卒業後に大日本麦酒会社(アサヒビールとサッポロビールの前身)に勤務し、臼井家の家督を継いで映画館興行を行っていた人物です。1940(昭和15年)年時点では銚子市の演芸館のほかに、千葉市の千葉演芸館、新興館、千葉劇場、船橋市の宮下新興館、市川市の市川松竹館、東京・巣鴨の巣鴨映画劇場、埼玉県浦和市の浦和劇場なども経営していました。戦後には株式会社化して千葉興行株式会社となり、2023年(令和5年)にはUSシネマ株式会社に社名を変更して現在も映画館経営を続けています。

(写真)戦前の銚子演芸館の広告『銚子商工案内 昭和15年版』銚子商工会議所、1940年。国立国会図書館デジタルコレクション。

(写真)えんげい館が描かれている『最新住宅明細図』東交出版社、1967年。銚子市公正図書館所蔵。

(写真)演芸館/銚子スカラ座跡地の大川干魚店。
1.3 銚子富士館(1953年2月-1974年頃)
所在地 : 千葉県銚子市東町285(1974年)
開館年 : 1953年2月
閉館年 : 1974年頃
跡地は「島田病院宿舎 パティオS」。
1953年(唱和28年)2月には銚子富士館が開館し、二番館として1974年(昭和49年)頃まで営業しました。経営者は山崎清太郎の山崎興行です。飯沼観音の東側には島田総合病院があり、銚子富士館の跡地には看護師などのための病院宿舎が建っています。

(写真)富士館が描かれている『ゼンリン住宅地図』ゼンリン、1971年。銚子市公正図書館所蔵。

(写真)銚子富士館跡地の島田病院宿舎。
1.4 銚子大映(1958年9月1日-1986年頃)
所在地 : 千葉県銚子市馬場町3-18(1986年)
開館年 : 1958年9月1日
閉館年 : 1986年頃
跡地はアパート「メゾンブリエA棟」。
銚子市の映画館の中では最後発だったと思われるのが銚子大映です。1950年代中頃から後半にかけて映画観客数は急増しますが、1958年(昭和33年)にピークを迎え、テレビの普及が始まった1959年(昭和34年)以降には急減しています。銚子大映が1958年(昭和33年)9月に開館した頃には、既に映画人気が怪しくなっていたと思われます。
館名の通り大映作品の上映館でしたが、大映直営館ではなく傍系の大映興行が経営していました。1971年(昭和46年)に大映が経営破綻すると、大映興行は大暎興行に改称、銚子大映は銚子大暎に改称し、日活作品の上映館となっています。銚子市には銚子日活劇場もありましたが、こちらももともと日活直営館ではなく、銚子大映が日活上映館となってからは邦画上映館となっています。
銚子大暎は1986年(昭和61年)頃まで営業を続けました。

(写真)銚子大映が描かれている『ゼンリン住宅地図』ゼンリン、1971年。銚子市公正図書館所蔵。

(写真)銚子大映跡地の駐車場。
銚子市の映画館について調べたことは「銚子市の映画館 - 消えた映画館の記憶」に掲載しており、その所在地については「消えた映画館の記憶地図(千葉県版)」にマッピングしています。