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田原市の映画館

(写真)『田原町住宅明細地図』東海商工明細地図社、1962年。

2021年(令和3年)9月、愛知県田原市田原市街地(旧・渥美郡田原町)を訪れました。かつて田原市街地には映画館「東英館」がありました。「田原市を訪れる」からの続きです。「福江町の映画館」に続きます。

 

※2025年10月には本記事から「田原市を訪れる」を分割しました。

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3. 映画館調査

3.1 映画館名簿

各年版の映画館名簿を見ると、戦前の渥美郡田原町には「田原座」と「東英館」が、戦後には1967年版まで「東英館」が掲載されており、1968年版と1969年版には「田原シネマ」が掲載されています。1970年以降の田原町/田原市に映画館はありませんでした。

田原シネマの電話番号/経営者/支配人/定員などは東英館とは異なっていますが、この時期に2年間だけ存続した映画館というのは信じがたく、東英館と同一の映画館と考えるのが妥当かもしれません。

1966年の映画館名簿によると、東英館の経営者兼支配人は鈴木重郎。木造2階建て、定員450の映画館でした。写真を見つけられていませんが、地方都市としてはそれなりの規模の劇場だったようです。

 

1930年の映画館名簿

(写真)『日本映画事業総覧 昭和5年版』 国際映画通信社、1930年。国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開。

 

1936年の映画館名簿

(写真)『全国映画館録 昭和11年度』キネマ旬報社、1935年。国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開。

 

1967年の映画館名簿

(写真)『映画年鑑 1967年版 別冊 映画便覧 1967』時事通信社、1967年。愛知県図書館所蔵。

 

3.2 住宅地図

田原町勢要覧 昭和36年版』(田原町、1962年)には1962年(昭和37年)時点の田原町の地図が掲載されており、三河田原駅の北側には東英館が描かれています。

(写真)中央下に東英館が描かれている『田原町勢要覧 昭和36年版』田原町、1962年。愛知県図書館所蔵。

 

田原市域を描いた最古の住宅地図は、愛知県図書館が所蔵する『田原町住宅明細地図』(東海商工明細地図社、1962年)だと思われます。三河田原駅駅前通りから西に分岐して寺下通りに至る路地に、東"栄"館(※正しくは東英館)が描かれています。

(地図)『田原町住宅明細地図』東海商工明細地図社、1962年。愛知県図書館所蔵。

(地図)『田原町住宅明細地図』東海商工明細地図社、1962年。愛知県図書館所蔵。

 

(地図)東英館跡地が駐車場となっている『アイゼンの住宅地図』愛善図書出版社、1980年。愛知県図書館所蔵。

 

3.3 郷土資料

1915年(大正4年)に赤羽根町に生まれた小林新一郎氏(赤羽根町の開業医、元海軍軍医)によると、昭和初期の成章中学校(現・愛知県立成章高校)在学中の田原市街地には田原座と東英館という2館の映画館があったとのこと。『田原市史 下巻』(田原町田原町教育委員会、1978年)によると田原座の所在地は倉田とあり、倉田は現在でも字名に残っています。

(写真)田原座と東英館について言及している小林新一郎『映画と私』1977年。愛知県図書館所蔵。

 

三河田原駅90年史』(愛知大学地域政策学センター、2014年)では昭和戦後期の田原市街地や三河田原駅前が回顧されており、昭和30年代の商店街地図では東英館が主要なスポットとして描かれています。「ほぼ異口同音に挙げられたのが、娯楽施設の消滅、特に東英館を惜しむ声が大きかった」とあり、田原市街地では存在感のある施設だったようです。

(地図)東英館が描かれた昭和30年代の田原市街地の地図。『三河田原駅90年史』愛知大学地域政策学センター、2014年。田原市中央図書館所蔵。

(地図)東英館について言及がある『三河田原駅90年史』愛知大学地域政策学センター、2014年。田原市中央図書館所蔵。

 

2021年(令和3年)12月に刊行された『愛知の昭和30年代を歩く』(風媒社)でも、田原市博物館学芸員によって東英館が言及されています。

(左・右)東英館についての言及(※東"映"館は誤り)。『ちんちこちんまっぷ』2016年。田原市中央図書館で閲覧。OPAC未登録。

 

3.4 航空写真

渥美線 渥美半島と下界をつなぐ鉄路の物語』(田原市博物館、2014年)には1927年の田原市街地の航空写真が掲載されています。1924年大正13年)に三河田原駅が開業してからわずか3年後ということで、駅前はまだまだ発展途上といった雰囲気。駅前通りと寺下通りを結ぶ路地の中央部南側、白っぽく見える場所が後に東英館が建つ場所と思われます。

(写真)1927年の田原市街地の航空写真。中央下が三河田原駅。『渥美線 渥美半島と下界をつなぐ鉄路の物語』田原市博物館、2014年。田原市中央図書館所蔵。

 

1961年(昭和36年)の航空写真には東英館がはっきり写っています。

(写真)1961年の航空写真における田原市街地。地図・空中写真閲覧サービス

 

2010年代に都市計画道路が開通した結果、東英館の跡地は都市計画道路の道路などになりました。

(写真)現在の航空写真における田原市街地。Googleマップ

 

4. 田原市の映画館

4.1 東英館(昭和初期-1967年頃)

所在地 : 愛知県渥美郡田原町(1967年)
開館年 : 昭和初期
閉館年 : 1967年頃
跡地は「豊橋鉄道渥美線三河田原駅」前の道路上。

東英館の跡地を訪れても痕跡はありません。三河田原駅周辺の歩道はゆったりしており、かつて映画館があったことを示す看板などが立ったらうれしいですね。

(写真)東英館跡地付近。郵便ポスト付近から道路を超えて左奥の建物付近まで。

 

田原市の映画館について調べたことは「東三河地方の映画館 - 消えた映画館の記憶」にまとめており、跡地については「消えた映画館の記憶地図(愛知県版)」にマッピングしています。

hekikaicinema.memo.wiki

www.google.com

 




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