幼い頃、生まれた年や月齢や発達や季節や性別に合わせて、毎月一冊配本してくれるというブッククラブに入っていた。子どもに絵本の読み聞かせをする、という教育の一環のようなもので、わたしは中学生に上がるくらいまで、その本を受け取っていた。
田舎の片隅にある魔法使いの家みたいな場所で、優しくて物知りなおじさんとおばさんと、たくさんの本とおもちゃと、そして黒猫がいた。毎月お母さんと本をもらいに行って、その度に冷たいオレンジジュースをもらって、おしゃべりをした。子どもながらに、ここは特別な場所だと思っていた。もう記憶は薄れてしまったけれど、本と猫と魔法使いのおじさんとおばさんがいつも待ってくれている、ゆめを売る場所だった。そこで大好きな本にたくさん出会った。(今でも覚えている好きだった本の一部)
本当にいい時間をもらっていたな、と思う。今でも人に本を薦めてもらったり、貸してもらったりするのが好きなのは、わたしを形成する根っこの部分に、自分にだけ向けた本を誰かが贈ってくれるという幸福を待ちわびていた感触がずっと残っているからかもしれない。
きのう読書感想文を書いていて、お母さんが大学生の時に誕生日プレゼントで『夜と霧』をもらったことがあって、すごく驚いて今でも忘れられない、と言っていたことを思い出した。その話は何度も聞いたことがあった。人に本をもらうって、本当に素敵だなー。本だけじゃなくて、わたしのことを思ったり考えたりする時間をもらってるんだ。ロマンチストみたいなことを言ってしまうと、祝福みたいだと思う。
誰かの中にわたしがいて、ふと何かいいものとか悪いものに触れた瞬間にちょっとわたしのことを考えて、ああこれ好きだろうな、とか、どう思うかな、とか、気持ちをちょっとこっち側に分けてくれるの、すごく嬉しい。
そんなわたしは、ある年サンタさんに桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』をもらって、どんな可愛い話なんだろう!とわくわくして読み進めたら、とんでもないサイコ物で、父親に虐待を受けていた女の子がバラバラ死体で山に捨てられている話だったことが忘れられません。