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『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』

映画に血道を上げていた頃、ヌーヴェルヴァーグの作品もいくつか観た。

それは、私の実感では映画青年の宿命とも言うべきもので、もし若い人が脚本家や監督などのワナビになったら、「ヌーヴェルヴァーグ」の作品群は一度は通過しなくてはならない関門の一つになるだろう。私が行っていた映画学校の学生たちも大半は観ていたと思う。観ていなかった人は、それほど意識が高くなかった人だろう。

ヌーヴェルヴァーグといえばゴダールで、ゴダールといえば『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』である。この二作を学生時代に立て続けに観たが、ぜんぜん面白くなかった。どうしてこんなものが有名なのかさっぱり分からなかった。しかし当時の私は迷妄に覆われた映画青年で、作品のすごさが分からない自分がいけないのだと思い込んでいた。

映画学校でお世話になった先生の一人が、自分の最も好きな映画は『勝手にしやがれ』だと言っていて、ああやっぱりあの作品は傑作なんだなと思ったものだった。

勝手にしやがれ』が映画史に名を刻んでいるのは事実だから、ひとまず「名作」と言ってもいいのかも知れない。『気狂いピエロ』も、同様だろう。

私は溝口健二の作品が好きだが、溝口はヌーヴェルヴァーグの監督に影響を与えたらしい。誰にどんな影響を与えたのか知りたい気もするが…。

気狂いピエロ』には思い出がある。映画学校の先輩たちや同級生たちと飲み会をした時、私は「きぐるいピエロ」がどうのこうのと言い、先輩たちに笑われながら「きちがいピエロ!」と訂正された。このタイトル、今では絶対に使えないだろう。




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