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なぜ朝井リョウはヒット作を生み出し続けられるのか——『桐島』から『イン・ザ・メガチャーチ』に至る15年の軌跡

デビューから15年、平成から令和にかけ、弛まぬ筆致で話題作を生み出してきた朝井リョウ。デビュー作『桐島、部活やめるってよ』(集英社、2010年)で学校という閉鎖空間の息苦しさを、直木賞受賞作の『何者』(新潮社、2012年)では就活世代の自意識を描き出した。そして最新作『イン・ザ・メガチャーチ』(日経BP 日本経済新聞出版、2025年)では、“推し活”を操縦する立場の40代後半の男性、ファンダムに没入する女子大生、かつてファンダムの中心にいた非正規雇用の30代半ばの女性という3視点を軸に、ファンダム経済の光と闇を多面的に描いてみせた。

平成から令和にかけ、時代の空気を活写し続けてきた作家は、いかにして物語を立ち上げるのか。最新作に込めた実験精神から、作風の変遷、そして創作の源泉までじっくりと話を聞いた。

話題作『イン・ザ・メガチャーチ』はいかにして生まれたか。人物像の立ち上げ方

本作は「推し活」をキーワードにした、3人の語り手による群像劇です。どのように物語を構成していったのでしょうか。

これは新聞連載だったので、最初に決まったのは“分量”でした。原稿用紙換算で少なくとも600枚以上は書くということになり、視点人物は複数になりそうだな、というところから全体像を描き始めました。

そこから頭の中をこまごまと探索し、今の自分が考えたいことは“今の時代、人間を動かすものは何なのか”という問いだなということに思い至り、細かい部分を組み立てていきました。

年齢も性別も異なる3名について、どのように人物像を立ち上げていったのでしょうか。

私は小説の視点人物のことを「ライト」だと捉えています。まず“物語のどこを照らすか”という感覚で、ライトの位置を決めるんです。その時点では、まだ登場人物の年齢や性別は決まっていません。「掬い上げたい言葉を照らすためには、ここかな」みたいにして配置を決めてから、具体的な人物像を考えていく感じです。

まず、ファンダム経済を描くにあたり、大衆を操縦する立場の人物が必要不可欠だと考えました。その部分を照らすライトとなり得るのは、音楽業界に勤める会社員で、ある程度年齢が高い人物だろうと。それが“推し活”を操縦する側の40代男性・久保田です。

そういう感じで主要登場人物3名を固めていったのですが、今作で特に大切にしたのはそれぞれの経済的事情です。本文中に数字として明確に書いた部分もそうでない部分も、割と細かいところまで収入と支出を考えていきました。

今回、“推し活”を操縦する側の久保田は最初と最後のモノローグを担当しており、重要な役回りかと思います。連載されていた媒体は日本経済新聞の夕刊版なので、主な読者層は久保田と同じく働いている壮年期の男性が多いのではないかと思います。その点はどの程度意識して書かれたのでしょうか。

久保田の年齢は確かに読者層に近いですが、正直、今回の小説に関しては単語単位でわけがわからない部分も多いだろうなと思っていました。もともとの読者には優しくないだろうなと。

これは私のあまり良くないところですが、最近は特に執筆時にあまり読者のことを考えられないのです。「ターゲットを目掛けて書こう」というのが苦手なタイプで、書き始めたら一旦シャットアウトして最後まで書いてしまいます。連載だと1話ごとに引きを作る方もいらっしゃいますが、私はそういうことがあまりできなくて、実験したくなってしまう。結果的に読者の方が楽しんでくれていたらいいな、という、めちゃくちゃ無責任な書き方をしてしまっています。

最近は特に「このテーマをこの切り口で書いたらどんなものができるのだろう」というワクワクから書き始めることが多いです。今作だと、“今の時代、人間を動かすものは何なのか”という問いを、ファンダムを操縦する側からも書いてみたい、という感じです。“推し活”を取り扱うフィクションは沢山ありますが、ファンダムを外側から書いたものは少ない気がして。

前作の『生殖記』(小学館、2024年)も、書きたいテーマは割と早くから決まっていて、どう書けば自分の実験精神が満たされるか、どうすれば照らしたい部分を照らし出せるのかを長期間考えました。何を書くかより、どう書くかに比重が移っているのかもしれません。

『生殖記』もテーマ自体は非常に重厚でしたが、ところどころユーモアに満ちた表現も印象的でした。時に声をあげて笑いながら拝読しました。

ありがとうございます。『生殖記』はあのテーマをコミカルに描くにはどうすればいいかということもすごく考えたので、とても嬉しい感想です。

日本には「メガチャーチ」がないのに、なぜタイトルに採用したのか?推し活と世界史が重なって見えた

推し活は、今や「現代社会における宗教」とも揶揄されます。「メガチャーチ」というタイトルは、推し活と宗教の構造的な類似を暗示しているように感じました。ただ、日本にはアメリカのようなメガチャーチは存在しません。国内を舞台とした作品のタイトルに、なぜこの言葉を用いたのでしょうか。

まず、私は“推し活は宗教”的なざっくりとした表現には疑問を抱いています。最近宗教学者の柳澤田実さんとお話しする機会をいただいて、そこで現代社会における宗教の重要性が私でも言語化できる形で腑に落ちました。私は、推し、推し活、ファンダム、ファンダム経済、宗教、宗教ビジネス、このあたりの言葉を意図的に使い分けているので、まずはそこから話させてください。

今、現代社会のほとんどを資本主義が覆っています。そうなると、救済や癒やしにも金銭が必要になるケースが多いです。全ての物事や現象が資本主義というひとつの基準に還元されてしまうと、そこから外れた途端、生存が難しくなるわけです。そういう意味でも、祈りや題目を唱えることが救済や癒やしとなりうる宗教は、資本主義とは別軸の世界としてとても重要、という見方ができます。祈りや題目を唱えることは無料でできますから。

だからこそ、「献金するともっと祈りが届くようになりますよ」みたいに、無料で生じたはずの救済や癒やしに資本主義構造をくっつけた途端、“宗教”は“宗教ビジネス”となり、歪み始めてしまう。

それでいうと、“ファンダム”は私にとって大切です。同じものを好きな人同士で集まって喋るの、超大好きな時間です。だけど、そんなファンダムに資本主義的な基準がくっつけられた“ファンダム経済”となると、「ん?」となるんです。同様に、“推し”は大切ですが、“推し活”となると私はしっくりこない。好きな人のために活動をしています、とは胸を張って言えないので、私は基本的に“◯◯さんのファンです”と言うようにしています。

前置きが長くなりましたが、2020年に宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』(河出書房新社)が出て以降、“推し”やファンダムの内側にいる人を描くフィクションが増えたと感じていました。

私自身もオーディション番組の熱烈な視聴者なのですごく身近な世界でしたし、ちょうどそのくらいから、私の興味関心が番組の内容そのものよりも視聴者側の行動基準の変化に移っていったんです。

特にオーディション番組で生まれるファンダムって、もう少し言葉を尽くして説明すると、“誰かを勝たせたいと強く願う人”の集団なんですね。そう考えたときに、ファンダムの動向が、世界史で学んだような有力な国同士で同盟を組む動きや、戦時中や選挙時のそれととても重なって見えてきたんです。そんなタイミングで、友人からアメリカのメガチャーチ事情について教えてもらう機会がありました。

アメリカでは1960年代から70年代にかけて、収容可能人数が2千人を超える巨大な教会が次々と生まれ、地域社会に溶け込んでいったようです。今はアメリカでも無宗教者が増えているようですが、ライブを始めとする、礼拝より敷居の低いイベントを開くことで、巨大教会がまた人を集めることに成功しているみたいです。

ただ、中には集まった人たちが特定の思想に染められていくということも起きている、と。アメリカでは特に、保守派の人々の居場所として機能しているようです。日本にはメガチャーチと呼ばれる施設はないですが、それと同規模のイベントが可能なホールなら47都道府県どこにでもあります。ホールと教会を重ねたとき、閃くものがありました。

また、ラップの世界には「イン・ザ・ビルディング」「イン・ザ・ハウス」といったフレーズがありますよね。そこには「俺はここにいる」みたいな、自分の居場所を誇るニュアンスがあるそうなんです。今作では“ファンダム”の輝きも絶対に書きたかったので、居場所を誇るニュアンスを宿らせたくて『イン・ザ・メガチャーチ』としました。

メガチャーチは、米国を中心に宗教だけでなく社会運動・政治動員の基盤にもなっています。そして、特定の状況下では陰謀論の温床になりうるという点も、作中に登場する新興宗教的な危うさに結びついている気がしました。

その重なりも大きいですが、作中ではできるだけ「陰謀論」という言葉を使わないようにしているんです。

先日漫画家の魚豊さん(『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(小学館、2023〜2024年連載)で知られる)が仰っていたのですが、「陰謀論」という言葉に何でも投げ込まれすぎて、むしろ何を指しているのかわからなくなり、輪郭がぼやけてきていると。この感覚は私の中にもあって、無意識的にその言葉を使いすぎないようにしていたんだと思います。

ちなみに、単行本の表紙に使われている写真は、パリのサント・シャペルですね。ライブアリーナのようなアメリカのメガチャーチではないなと思いながら拝見していました。この教会の写真を選定した理由はあるのでしょうか?

『イン・ザ・メガチャーチ』の書影

表紙はアルビレオ(※1)というデザインチームの方々が手掛けてくださいました。美しさと不気味さを共存させたいというリクエストに完璧に応えてくださって、本当に気に入っています。

当初私は実在する教会だと気づいておらず、建築が好きな友人に指摘されて初めて知ったのですが、この教会はゴシック様式で、つぎはぎの建築様式と呼ばれることもあるそうです。表紙も、よく見ると教会の写真をそのまま使っているわけではなく、写真をコラージュしているんです。

コラージュされていたことには気が付きませんでした。言われてみると、つぎはぎされていますね。

そうなんです。この作品で取り上げた“ファンダム経済”の両義性を表現してもらえたと感じます。テーマにも合った素敵な表紙にしていただけて、本当に嬉しいです。

本作が単行本として出版された2025年には、参院選などに見られるように「推し活」が趣味や消費の一動向だけでなく、より広範な社会動向を説明するワードとして使用されるようになっています。その意味でも、宗教と政治が密接に結びついた「メガチャーチ」という言葉を、連載が始まった2023年時点でタイトルに据えた先見性に驚かされます。

連載は2023年の4月から始まったので、タイトルを決めたのは2022年だったと思います。当時は「本が出る頃にはもう少しこういう傾向が強まっているのかも」くらいに思っていましたが、むしろ現実に追いつかれて追い越されたという感覚です。

まさに「時代の標本」のような1冊だと感じます。ご自身ではどのように捉えていらっしゃいますか。

小説を書いていて思うのは、言葉にするということは曖昧模糊としたものに輪郭を引いてしまうこと、つまり多くのものを取りこぼすことと同義なんですね。描き終わると「この辺を掬い取れなかったな」というのが見えてきてしまうので、もどかしさが残っています。

※1 albireo Inc./2008年設立のブックデザイン会社。鈴木成一デザイン室出身の西村真紀子・草苅睦子が設立。

会社員との兼業、直木賞、コロナ禍——3つの転機

「男性の平均寿命って70歳代のイメージが強くて。36歳になった時に、生き物としては後半戦に差し掛かるな......と思ったのでとりあえず金髪にしてみました」と語る朝井さん

それぞれの登場人物が何かしら依存先を求めるなか、“推し活”を操縦する久保田の依存先は仕事で、おそらく休めていない人だったのだろうなと読み取りました。朝井さんもデビュー後の15年間、非常にハイペースで執筆されていたのではないかと想像します。ご自身としてはうまく休めていましたか。

兼業の時は厳しかったです。最近は十分休んでいますが、作家として短距離走をしていた時はやっぱり余裕がありませんでした。

初期はとにかく「たくさん本を出さなきゃ」という意識が非常に強かった。いま思うと自分自身で薄利多売をしていたのかな。腰を据えて一作ずつじっくり書ける状況を手に入れるためにまず自分の居場所を作らなければ、という気持ちでした。

実際、当時は「年に2冊は出さないと、書店の棚から存在が消えちゃうよ」みたいな話もよく聞きました。また、「若い時にデビューすると次が出ない人が多い」ともよく聞いていたので、大学2年生の後半にデビューした時に「大学卒業までに5冊出そう」と決めたのです。

集英社の小説誌にはエンタメの色が強い「小説すばる(※2)」と純文学の色が強い「すばる(※3)」があります。自分は「小説すばる」でデビューした人間だという意識があったので、エンターテインメントとして読みやすく面白いものをコンスタントに仕上げられる作家にならなければと思っていました。

そういうこともあり、“しっかりとフィクションを作ろう”という意識は非常に強かったです。今思うとそこまで意識しなくてもよかったのかもしれませんが、『少女は卒業しない』(集英社、2012年)くらいまでは、そのような意識で書いていました。

デビュー作の『桐島、部活やめるってよ』(集英社、2010年)から『少女は卒業しない』頃の作品までは若者の苦悩を描かれている印象ですが、直木賞を受賞された『何者』(新潮社、2012年)や『武道館』(文藝春秋、2015年)辺りの作品は、社会人を経験されたこともあり、少し俯瞰した視点から物語を立ち上げているようにも見えます。ご自身としても、この時期がひとつの転機だったのでしょうか。

自分で勝手に決めた“大学卒業までに5冊”をやり終えて、就職して、直木賞をいただいて、環境がガラッと変わったんですよね。このあたりから、依頼にどんどん応えるというよりは、書きたいと思ったものを書かせてもらえるようになってきました。

ただ、会社員勤めをしていた3年間は本当に時間がなさすぎた。しかし連載は決まっていたので、どうやって無事に乗り越えるかということを考えていました。自分で意識して「引いて社会を見てみよう」と思っていたわけではなくて、とにかくがむしゃらに書いていた期間でした。結局がむしゃら。

『死にがいを求めて生きているの』(中央公論新社、2019年)以降の作品は、より「時代の標本感」が強まっているように感じます。この変遷は意識的なものだったのでしょうか。

この作品は、伊坂幸太郎さん発案の長編競作企画ということで、自然とこれまでとは全く違う書き方になったんです。いくつかの設定を共有したうえで書く時代を年号ごとに各作家が担当するという企画で、私は平成担当になりました。というか、それ以外は無理と言いました。生意気すぎる。

『死にがいを求めて生きているの』はほとんどストーリーラインがないですし、企画上、他の作品と併読して初めて立体的になるシーンも多く、かなり読みづらい作品になったのでは、と個人的には思っていました。

しかし、思った以上に多くの反響があり、今でもあの本がとても印象に残っていると言っていただくこともあって。その反響に今も助けられているところがあります。

その2年後に『正欲』(新潮社、2021年)を出されました。出版にあたり、ご自身のなかにも葛藤があったと伺っています。

『正欲』はまさにコロナの時に書いていたということもあり、私にとってすごく印象深い作品です。人とほとんど会わずに『正欲』とひたすら向き合う、みたいな期間が長く続いて、筆がどんどん自分の内側に向かって進んでいくような感覚がありました。

実は『正欲』の構想は、デビュー当時からあったんです。当時の担当編集者にアイデアを話したことはありましたが、あまり良い反応は返ってこず、小説として成立しないアイデアだったのだと思い、引き出しの奥にしまっていました。しかし今後世界がどうなるか誰にもわからないという状況になって、本当に書きたいことを書いておこう、とその引き出しを開けました。

しかも書き下ろしだったので、最後まで読者の反応など全くわからないまま書いていました。ただ、新潮社に北村暁子さんという、長く担当してくださった編集者さんがいて、その方に100枚ずつくらい原稿を渡しながら書き進めました。『正欲』は完成させてみないとどうなるかわからない話でしたし、完成したとしてもどう読まれるか全く見当がつかなかったのですが、北村さんに収める気持ちでいれば大丈夫と思いながら書いていました。

結果として、映画化も決まり大きな反響を呼びました。

想像以上に様々な反響をいただけて、「エンタメとして読者が面白がれるものを書かねばならない」というルールを自分に課しすぎていたのかもしれないと思いました。「明日地球がどうなるかわからないのなら、これを書いておきたい」くらいの気持ちで書いても意外と受け入れていただけるんだな、と。

そこから、過去の自分なら「これは小説として世に出しても良いのだろうか」と思うような作品でも、読んでいただけるかもしれない、受け止めてもらえるかもしれないという、読者の方々への信頼を持って書くようになりました。それが最近の変化かもしれません。

2 参考:1987年創刊のエンターテインメント小説誌。小説すばる新人賞を主催し、花村萬月、篠田節子、村山由佳、荻原浩、千早茜、朝井リョウなど多くの直木賞作家を輩出
※3 参考:1970年創刊の純文学誌。新潮、文學界、群像、文藝と並ぶ「五大文芸誌」のひとつ

「理想とする形で小説を書けるようになりたい」モチベーションの源泉

「短距離走」という言葉にはっとさせられました。あしたメディアの主な読者層の20~30代前半は自身の進路に迷っている年代です。人生をかけて注力する対象を見つけるのに苦労する方が多いという話も耳にします。

自分の本当にやりたいことって、大学を卒業する22歳くらいの時にはわかりませんよね。私は、18歳で大学の学部を選ぶっていうのも不可能に近い気がします。自分を決定づけうるものを選ばなければならないタイミングがあまりにも早いというか。だから最近、転職がスタンダードな空気になってきているのは、自然なことだと思います。

私は本当に幸運でした。子どもの頃に好きなものが見つかり、しかもそれがいくらやっても咎められないもので、むしろこうしてインタビューまでしていただける。なぜか社会的に良いものと思われていることにハマることができた幸運さを日々感じます。自分が今進路に迷う年齢だったらMBTI漬けだったんじゃないかな。あと、私もこれから「人生かけてやりたいこと、こっちだったー!」って思うようなものに出会いたいとも思っています。皆で迷いながら探っていきましょう、という気持ちです。

最後に、朝井さんは「小説という教会に通いつづけている」とも語られていますが、なぜ書くことを続けられたのでしょうか。モチベーションの源泉について教えてください。

自分が理想とする形で小説を書けるようになりたいという気持ちがあるからだと思います。端的に言うと、もっと上手くなりたい、というか。もっとさまざまな人を解像度高く書けるようになりたいんです。作者がどんな人間か全然わからなくなりたい。

ご自身が当事者ではない人物像を描く際に、どのようなことを心がけているのでしょうか。

さまざまな人を書けるようになりたいという話とは矛盾するんですけど、細かい分類を無視して「人間を描こう」と思うと、しっくりくることが多いです。

あと、私は結局、人間って“世界と自分の関係性”によって異なってくるものだと思っていて、その関係性を見失わずに書こうとは思っています。たとえば身長140センチの人と190センチの人では街なかを歩いているときに気をつけることや目に入るものが違うはずで、そういうことをどんな場面でも意識することを忘れないでいよう、と思っています。

ゆくゆくは、世界とどんな関係性を結んでいる人のことも書けるようになりたいんです。そういう実験を「明日爆裂に間違うかもしれない」と思いながら続けている感じですね。

平成から令和へ、時代の空気を言葉にし続けてきた15年。『桐島、部活やめるってよ』で鮮烈にデビューし、「卒業までに5冊」と決めた短距離走の時代から、直木賞を経て『イン・ザ・メガチャーチ』に至るまでコンスタントに話題作を生み出せる背景には、この道を歩むと決めたプロフェッショナルの覚悟があった。朝井リョウの次なる実験に、引き続き注目したい。

 

取材・文:Mizuki Takeuchi
編集:おかけいじゅん
写真:服部芽生

 

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