
たまには楽しいグルメ記事です。
2025年7月25日阿佐谷北一丁目にある東京朝鮮第9初級学校の同胞大夜会が開かれました。
「同胞」と言いますが、誰でも入ることができます。近隣の人たちも毎年楽しみにしているイベントで、ちょっとした夏祭りのようなもの。
ステージでは金剛山歌劇団の歌手による歌、豪華抽選会、そしてオモニたち手作りの料理屋台などもりだくさん。校庭全体にテーブルと椅子が並べられ、お客さんでぎっしりです。


夜会とはいえ、住宅街のまんなかです。16時スタートの健全な夜会です。

各テーブルでは炭火コンロが炎をあげ、焼き肉の煙が充満しています。しっかり味のついたボリューミーなモツや厚切りの豚肉。

「辛いスープ」という名前で売られていたもの。真っ赤です。

屋台は本格的。鉄板の上にはラードたっぷりの牛メシ。

夏は冷麺ですね。
そのほか、もちろん各種キムチや、かき氷、ポテトやフランクフルトなどのお祭りメニューも充実しています。
が、あまりに人気なので、早めに行かないと売り切れてしまうかもしれません。

この学校(ハッキョ)は、1946年に阿佐谷南に開校、その翌年杉並・中野を統合するかたちで現在の場所に移転したそうです。49年には「学校閉鎖令」により都立学校に移管、1955年に「自主学校」となりました。
現在の校舎は3代目。トイレを借りにちょこっと校内に入ることができました。どこの学校にも児童の作った陶板があるものですね。

学校の立地は阿佐谷中央公園の隣、どちらも桃園川の上です。最初は借地で、それでもなかなか学校用地が見つからないなか「使い道のない沼地」だからと提供されたそうです。その後、土地は買ったとか。1947年だと、まだ桃園川は暗渠になっていないのでは(戦前(震災後)に宅地化が進み、川に下水を放出してドブ川化して、1964年オリンピックで「衛生的」にしようと暗渠になった)。
私たちは「阿佐ヶ谷でいちばんの高台」にある杉並第一小学校が病院跡地の低湿地に移転することを問題視していますが、その一方で最初から低湿地しか場所がなかった、もうひとつの小学校のことも、大切な地域の学校として考えていきたいと思います。
