
この記事はKaggle Advent Calendar 2025 8日目です。
前提
私は大学の教員として研究室を運営する、いわゆる Principal Investigator(PI) の立場です。
この記事は、学生や研究員の「スキルアップとしてのKaggle」ではなく、研究を主導する立場から Kaggle をどう活かせるのか? について書いたものです。
Kaggleが役に立つこと
研究の新規性
研究で最も重要なのはユニーク性(=新規性)です。 しかし、みんなが持っている“定番の武器”だけで戦っていては差別化が難しくジリ貧です。
一方で、武器A(自分の専門) × 武器B(Kaggleの知識)を組み合わせることで、想像もしなかった結果が生まれることがあります。
例えるなら『風来のシレン』で武器同士を合成して全く別の強武器が生まれる感じです。 つまり、自分の専門性 × Kaggleで得た知見という“合成武器”が、研究における強力なアドバンテージになるかもしれません。
例
AIプロセッサ研究 × 画像コンペのモデル構造の知識
3D研究 × Kaggleで磨かれた前処理・後処理技術
研究の世界では、こうした異分野的飛び道具が思いもよらない新規性を生むことが非常に多いと日々感じています。
実例
アナログコンピュート・イン・メモリ回路で Transformer と CNN のハイブリッド処理を世界で初めて実現
こちらは研究室の初期の大きな成果であり、その後様々な研究に展開されました。
この研究を始めた背景には「KaggleではViTやBERTといったTransformerが暴れているし、これからはTransformerの時代では? ならHWでもTransformerを動かすべきでは?」という単純な発想がありました。その目論見は運良く当たり、Transformer動作の解析をした初期のコンピュート・イン・メモリ回路の論文となりました。
(まさかその後LLMがここまで発展するとは思いませんでしたが…)
クソコンペ警察
PI に求められるのは、学生の出してくる研究結果について
「これは信頼できるのか?」「筋のいいアプローチなのか?」
を瞬時に判断する能力です。
Kaggle はクソコンペで時間を溶かすことで“タスクの筋の悪さ”を見抜く力を鍛えてくれます。
データの構造が破綻している
評価指標がタスクと噛み合っていない
そもそも解けないタスクである
こうした“クソコンペ”を見抜く力はそのまま研究計画立案にも活きます。
(なお僕はクソコンペは教育的意義があると思うので応援しています)
リーク警察
またプロのデータサイエンティストがやっていない大学のプロジェクトではデータリークがけっこう起こります。
PI としては、「それ、リークじゃない?」と早期に止めないと、椅子から滑り落ちた後にまた座り直して論文を書く…みたいなことになりかねません。
Kaggleでリークに敏感になっておくのは研究倫理的にも本当に重要です。
Starter Notebookの作成
Kaggleの大きな魅力の一つが Starter Notebook の存在です。 データの扱いが難しいコンペでも、いきなり解析部分に入れる初心者にとっては必須アイテムです。
PI がKaggleに慣れていることで、研究プロジェクトでも初期解析のNotebookをサッと作り、 学生がつまずきがちなデータ処理を一時的に肩代わりして、すぐに「面白い部分」の検討に誘導できるといった恩恵があります。
もちろん、やりすぎると学生の成長機会を奪うので、匙加減が必要です。
仲間探し
Kaggler同士は惹かれ合う・・わけでは必ずしもないですが、ある程度の実力を示す指標としては非常に強いです。
共同研究を進める上で、初対面でもKaggleプロフィールを見ただけで「この人はちゃんとした技術を持っている」という信頼の土台になります。Kaggleが採用で強い所以ですね。
実例としては僕もKaggleの縁もあって、Kaggle Grandmaster のtkm2261さんと運良く共同研究をさせていただきました。
その中で
- トップ学会に複数本の論文が通るレベルの成果
- 大型グラントにつながるprelimitary data
など、研究室運営としても非常に大きな成果を得ることができました。現在進行系で大変お世話になっております。
研究業績
研究者としては、論文アウトプットが業績評価・グラント申請・転職などで不可欠です。
研究コンペの上位入賞でホストの論文共著に入れる場合があります。 僕も実際Pandaコンペではホスト論文の共著に入れてもらえました。
海外の別分野の著者の論文の書かれ方、プロセス、議論の進め方などを間近で見られるのは貴重な経験でした。
またKaggleコンペ由来の成果をワークショップで発表できることもあり、論文執筆・発表経験につながります。
あまりKaggleが役に立たないこと
グラント獲得
PI の最重要ミッションのひとつは、グラントを書いて研究資金を獲得することです。
グラントでは説得力のある研究計画の他に既存の論文実績や下データ(preliminary results)、過去のプロジェクトの成功経験が重要視されます。
もちろん、Kaggle経由で得た知識やスキルは研究の質を高めるうえで大いに役に立ちますが、「PIとしてアピールできる業績」かといえば微妙と僕は考えています。
Kaggleは研究計画をうまく進めるツールやスキルにはなりますが、グラントを勝ち取るための直接的な武器ではないかもしれません。
PIの技能アップ、技術キャッチアップ
正直、PI がKaggleをやっている例は世界的にもほぼ見たことがありません。 理由はとてもシンプルで、時間がかかりすぎるからです。
Kaggleの多くのコンペは 2〜3ヶ月の長期戦となります。 長く参戦すればするほど深い学びがある一方、 PI の本業(研究指導・論文執筆・グラント申請・会議(´・ω・`)..)を圧迫して死んでしまいます。
Kaggleは「長時間手を動かす“プレイヤー”の世界」であり、PI は本来そこで戦うべき立場ではないと思います。
そのためMLを武器としたいPIが技術習得のためKaggleをやるのは(完遂できたら強いと思いますが)、現実的には難しいかもしれません。
結論
Kaggleは一般的にデータサイエンス競技プラットフォームとして語られがちですが、PIという立場から見ても意外と研究の着想や視点を広げてくれる存在です。
一方で、PIは何かと忙しく、Kaggleに本格参戦し続けるのは現実的にはなかなか難しいです(僕は仕事が忙しいよりかは、Rimworldやるのに忙しい)。
そして離れると実力も落ちてしまうため、バランスが悩ましいところですね。
それでも、Kaggleで得た経験や感覚は確実に研究の助けになると感じており、細くても長く続けていこうと思います。

