
- 英題:The Sun
- 作者:エドヴァルド・ムンク
- 制作:1909年〜11年
- 寸法:450cm×780cm
- 所蔵:オスロ国立大学講堂(ノルウェー)
僕をエヴェレストに連れて行った登山家が言った。「登山で最も感動するのは頂上の3メートル手前」。
登りきる直前、目の前の景色が変わる寸前、世界が一瞬だけ歪む。その刹那。
海から昇る太陽も同じ。水平線から完全に顔を出した瞬間、爆発的な輝きは失われる。花も花火も、満開の一歩手前が最も美しい。
頂点ではなく、頂点へ至る道のり。ムンクは知っていた。生まれたての太陽が最も愛おしい。描いたのは、完成ではない。完成の直前にある、最も美しい未完。
ムンクは爽やかに夜を脱落する。サンライズなのかサンセットなのか。どちらか分からない。それでもオレンジの楽園を創る。太陽は旅をしている。何者かになろうとしている。まだ何者でもない。その未分化のエネルギーが、最も美しい。
山からご来光を望むとき、太陽は足元から昇る。なぜ俺の下から出てくる?なぜ天が俺を見上げる?ムンクの《太陽》も同じ。太陽は足元にあり、お辞儀をしている。
ムンクは叫ぶ。「俺が滅びた瞬間、太陽も死ぬ。世界が落ちる。世界は俺であり、太陽は俺の破片だ」
これは光の絵ではない。世界と人間の生死を描いた、爆発する刹那。
未完という永遠の旅。
イカロスは太陽に抱かれるために翔んだ。太陽の温もりを抱きたかった。
ムンクは太陽を盗んだ画家になった。
もうひとつの絵画レビュー:叫びの反対側
画面の中心で、光が爆ぜる。炎でも稲妻でもない、建てられた光。輪郭はアーチのように組まれ、光線は定規で引かれた筋肉のように四方へ走る。まぶたの裏まで熱くなる。
左右の花崗岩は、北の大地の肩。その谷間に、冷たい海と細い浜。そこへ向かって、光は音符みたいに降り注ぐ。海面は五線譜、放射は旋律、この絵は見える交響曲だ。
「叫び」のムンクはここで叫ばない。叫ぶのは太陽の方だ。真っ白な中心が、色の語彙を一気に明るさへ変換する。赤も青も黄も、すべて“光になった絵の具”。感情は不安から賛歌へ裏返る。
構図はシンプル、効果は劇的。画面のほぼ全部を太陽に渡し、人間を消してしまうことで、見る者を“風景の内側”に招き入れる。見る行為そのものが、日の出の儀式になる。
好きなのは、光線に混じるゆるいカーブと、ところどころの描き直しの跡。計算された設計図の上に、呼吸の揺れが重なっている。科学と祈りが同居する感じが、やたらと今っぽい。
結局この絵が言うのは、つきつめて一行。
「世界は光でできている。今日はそれを思い出そう」。眩しさに負けて目を細めた瞬間、心の天気も少し晴れる。
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専門家が語るエドヴァルド・ムンク《太陽》の凄さ
エドヴァルド・ムンクの《太陽》は、ノルウェー・オスロ国立大学講堂(アウラホール)に飾られている巨大な壁画の一部。《太陽》は、代表作《叫び》とはまったく異なる表現の到達点にある作品であり、ただの風景画ではなく、光と生命の本質を圧倒的なスケールで描いた芸術の金字塔。ただ美しい風景画ではなく、「光とは何か?」「生命とは何か?」という問いを投げかける作品。
① 圧倒的なスケール感と没入感
第一に、巨大な壁画である点が重要。オスロ大学講堂(アウラホール)のために制作されたもので、現地で実際に対峙すると、そのスケールの大きさに圧倒される。キャンバスに収めるための作品ではなく、建築空間と一体化し、観る者を包み込むようにデザインされている。まるで太陽の輝きが実際に自分を照らしているかのような錯覚を覚え、鑑賞者はその光の奔流のなかに飲み込まれる感覚を覚えるだろう。
② ムンクが到達した究極の「光の表現」
ムンクは19世紀末から20世紀初頭にかけて、人間の心理や内面を描く象徴主義・表現主義の画家として知られている。しかし、晩年になると彼の関心はより「普遍的なもの」、つまり生命のエネルギーや自然の根源的な力へと向かっていく。《太陽》はその到達点とも言える作品であり、純粋な光の力そのものを絵画で表現しようとした試みである。画面中央に描かれた太陽は、もはや具体的な球体ではなく、光そのものとして放射状に広がっている。ムンクはこの作品を通じて、単なる風景ではなく、「光とは何か?」「太陽とは何か?」という問いを描き出したのだ。
③ 幾何学と有機的な動きの融合
光線は放射状に広がりながらも、厳格な直線ではなく、どこかリズミカルで有機的な動きをしている。画面全体が呼吸しているようなダイナミズムを持ち、太陽がただの発光体ではなく、「生きている存在」として描かれている。
これは、ムンクの筆致と色彩の使い方によるものだ。光の線はただ均一に引かれているのではなく、厚塗りになったり、かすれたり、色の濃淡があったりと、動きのあるタッチで描かれている。そのため、光が静的なものではなく、常に変化し続けるエネルギーのように感じられる。
④ ムンク流の「ノルウェーの風景画」
ムンクは、ノルウェーの自然に深く魅了されていたが、《太陽》は単なる風景画ではなく、「自然と人間の精神の融合」を目指している。背景にはノルウェーのフィヨルドのような風景が広がり、手前には山や岩が描かれている。しかし、これらの形態はすべて光に溶け込むように描かれ、まるで世界全体が光の中に包まれているかのような印象を与える。ノルウェーの厳しくも美しい自然が持つ「神聖さ」が込められているのだ。
⑤ 「叫び」と対極にある精神性
ムンクの作品の中で最も有名なのは《叫び》であり、不安や恐怖といった人間の内面の闇を描き出した作品だ。しかし、《太陽》はそれとは正反対のエネルギーに満ちている。ここには恐怖も絶望もない。あるのは、ただ圧倒的な光と生命の力だけだ。
ムンクは晩年になるにつれて、死や病の不安を超越し、自然そのものと一体化するような視点を持つようになった。《太陽》は、彼が最終的に到達した「肯定的な世界観」を象徴する作品とも言える。
もう一枚のエドヴァルド・ムンク《太陽》

- 制作:1910年〜13年
- 寸法:163×205 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ムンク美術館(ノルウェー)
ムンク《太陽》は壁画以外に、カンヴァスに描かれたものもある。ノルウェーのムンク美術館(オスロ市立ムンク美術館)に所蔵されている。壁画ほどではないが、横幅が2メートルを超える大作。
2018年に東京都美術館で開催された「ムンク展―共鳴する魂の叫び」で来日し、《叫び》と同じくらい圧倒された。
ムンク《太陽》とモネ《印象、日の出》の違い

① 太陽の描かれ方
ムンク《太陽》:圧倒的な支配者としての太陽
- 太陽が主役であり、すべてを凌駕する存在
- 中央に巨大な太陽が鎮座し、光線が四方に放射状に伸び、世界を包み込む
- 太陽は生命の根源であり、自然や人間を生かし、焼き尽くす力を持つ絶対的なエネルギーの象徴
- オスロ国立大学講堂(アウラホール)を照らす壁画として制作され、知と精神の覚醒を促す役割も果たしている
- 人間の視点ではなく、宇宙的な視点から描かれている
モネ《印象、日の出》:はかなき光のゆらめき
- 太陽は小さく、霧の立ち込める海の向こうにぼんやりと浮かんでいる
- 強烈な光源ではなく、幻想的で穏やかな光の粒子のひとつと
- 太陽を神のような存在ではなく、自然の流れの一部としてとらえている
- 光と影の繊細な揺らぎが強調され、刻々と変化する「瞬間の美」
② 色彩と表現技法
ムンク《太陽》:激しく原始的なエネルギー
- 強烈なオレンジ、赤、黄色が支配し、大地を焼き尽くすかのような力
- 放射状に広がる光は、太陽が爆発し、世界を照らし尽くすかのような衝撃
- ムンク特有の渦巻くような筆致が、太陽のエネルギーを視覚化
- 静止した風景ではなく、力強くうねるダイナミックな動き
モネ《印象、日の出》:光と霧が溶け合う
- ぼんやりとしたブルーグレーの空と海に、柔らかなオレンジの太陽が浮かぶ
- 筆致は極めて軽やかで、光の粒子が漂っている
- 水面に映る太陽の光の揺らめきが、印象派特有の瞬間の美を際立たせる
- 静けさと穏やかな時間の流れが感じられ、全体に瞑想的な雰囲気を持つ
③ 作品のテーマとメッセージ
ムンク《太陽》:生命の源、創造と破壊の象徴
- ムンクにとって、太陽は単なる天体ではない
- 生命を生み出し、また滅ぼす「神の力」を秘めた存在、宇宙の摂理そのもの
- 人間を超越した存在として、太陽が世界を支配している
- 「太陽そのものが生命」であり、「すべての存在を燃やし尽くしながらも、新たな生命を生み出す」ようなエネルギー
モネ《印象、日の出》:瞬間の輝き、儚さ
- モネの太陽は、強烈なエネルギーを放つ存在ではなく、「今ここにある光の一瞬」
- 太陽の「柔らかさ」や「移ろいゆく時間の美しさ」に焦点を当てている
- 太陽はあくまでも風景の一部であり、自然と共に穏やかに流れている。
④ 人間との関係性
ムンク《太陽》:人間を圧倒する宇宙的存在
- 太陽の前では、人間の存在は極めて小さく、かすかな影のようなもの
- 画面全体を覆う太陽の光が、「人間はこの巨大な宇宙の中で生かされている」という事実を突きつける
- 人間の理性や文化をも凌駕する、圧倒的な自然の力を表している
モネ《印象、日の出》:人間と自然の調和
- 太陽は人間を包み込むように穏やかであり、決して威圧的ではない
- 霧に包まれた海には、小さな舟が浮かび、人間の存在を優しく示唆している
- 自然と人間が共存し、朝の静けさの中で穏やかな時間が流れる
| ムンク《太陽》 | モネ《印象、日の出》 | |
|---|---|---|
| テーマ | 創造と破壊の力、生命の源 | 瞬間の美、光の戯れ |
| 太陽の役割 | 宇宙の支配者 | 風景の一部、穏やかな存在 |
| 表現技法 | ダイナミックで爆発的な筆致 | 柔らかくぼやけた筆遣い |
| 色彩 | 強烈な赤、オレンジ、黄色 | 優しいオレンジと青 |
| 人間との関係 | 太陽に圧倒される | 太陽と共存する |
| 時間の捉え方 | 永遠の象徴 | 一瞬の美 |
ムンクの《太陽》は、世界を支配する圧倒的な生命の象徴であり、壮絶な力を秘めている。一方、モネの《印象、日の出》は、移ろいゆく光と時間の美しさを描いた、静かで瞑想的な作品。
どちらも「太陽」を描いているが、その扱い方は正反対。
ムンクは「すべてを焼き尽くす爆発的なエネルギー」、モネは「穏やかに人間を包み込む光」。「宇宙を支配する太陽」と「人間と共にある太陽」の対比である。
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