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グスタフ・クリムト有名な絵・代表作〜貧困から黄金の殿堂へ、その生涯と欲望の宇宙

グスタフ・クリムト

グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862年7月14日 – 1918年2月6日)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したオーストリアの画家である。象徴主義やアール・ヌーヴォーの潮流を取り込み、独自の装飾的かつ官能的なスタイルを築き上げた。

代表作《接吻》《ユディト》《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》などは「黄金様式」と呼ばれる独特の手法の頂点にあり、20世紀美術史における装飾と絵画表現の可能性を一変させた。クリムトは、単なる裸婦画の名手にとどまらず、美術そのものの枠組みを揺さぶった革新者である。

クリムトの家族と生涯

25歳頃のクリムト

グスタフ・クリムトは1862年7月14日、オーストリア帝国の領土であったボヘミア地方(現在のチェコ共和国・バウムガルテン)に生まれた。この誕生日は小説家・原田マハと同じ日である。父は金細工師、母は音楽家を志したが、視力を失い盲目となった。家族は7人の子を抱え、常に貧しさと隣り合わせであった。家賃を払えず住まいを失うことも多く、一家はウィーン市内を転々としながら暮らしたという。この貧困が、のちのクリムトの黄金への執着に影響を与えたかもしれない。

弟エルンスト・クリムト

それでも家庭には芸術的な素養が息づいていた。弟のエルンスト・クリムトは画家として兄と共に活動し、数々の傑作を残した。

三男ゲオルク・クリムト

もう一人の弟ゲオルク(三男)は彫金師となり、後に兄の作品の額装を手がけた。こうした家族の職能が、クリムトの装飾性や金箔への関心を形づくった。

友人フランツ・マッチュ

1876年、14歳でウィーン工芸美術学校に入学。建築装飾や壁画を学び、弟エルンスト、友人フランツ・マッチュと「芸術家組合」を結成し、劇場や公共建築の装飾を手がけた。

《寓意と象徴の挿絵》1884年,ウィーン・ミュージアム

《寓意と象徴の挿絵》1884年,ウィーン・ミュージアム

《17歳のエミーリエ・フレーゲ》1894年、個人蔵

弟エルンストの妻の妹のエミーリエは、クリムトに貴族や上流階級との交流を与え、クリムトの人生と芸術に大きな影響を及ぼす。

《若い娘の座像》1894年

初期は写実的でアカデミックな画風だったが、1890年代以降、象徴性を帯びた独自の作風へと大きく転じていく。

《ブルグ劇場》1888年、ウィーン・ミュージアム

26歳のときには、初めて「芸術家組合」として仕事の依頼を受け、天井画などを手がける。ウィーン美術史美術館の装飾画など、20代後半は大仕事の依頼もあった。

弟エルンストの死

エルンスト・クリムト《赤ちゃん》1885年、オーストリア美術館

弟のエルンストも兄グスタフと同じく絵画の才能を発揮し、次々と傑作を生み出していく。

エルンスト・クリムト《パオロとフランチェスカ・ダ・リミニ》1890年、オーストリア美術館

エルンスト・クリムト《パオロとフランチェスカ・ダ・リミニ》1890年、オーストリア美術館

しかし、1892年、エルンストはわずか28歳で急逝する。兄グスタフは大きな精神的打撃を受け、以後は装飾制作を仲間フランツ・マッチュに任せ、自身はより個人的で象徴的な表現へと傾斜していくことになる。

エルンストとの共作《ドレスを着た女性》1886年,個人蔵

エルンストとの共作《プシュケを慰めるパン》1892年

エルンストの死後、クリムトが完成《ローテンブルグでの芸人の即興演劇》1893年

弟の死は、クリムトがアカデミズム的な共同制作から離れ、独自の芸術を模索する転機となった。エルンストとの共作の素晴らしさは、息を呑むほど美しく、もっと多くの作品を観たかったと悔やまれる。

ウィーン分離派と時代背景

ウィーン分離派のメンバー

19世紀末のウィーンは、音楽、文学、建築、哲学、精神分析などが交差する文化の最前線であった。しかし美術界は依然として保守的で、アカデミーの権威が支配していた。これに対抗して、1897年に若い芸術家たちが結集し「ウィーン分離派(Secession)」を結成する。クリムトはその初代会長に選ばれ、運動の象徴的存在となった。

《第1回ウィーン分離派展ポスター》(検閲前)1898年

《第1回ウィーン分離派展ポスター》(検閲前)1898年

分離派は「時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」というモットーを掲げ、既成の展覧会制度から独立し、国際的な前衛芸術を積極的に紹介した。分離派会館の建築や展覧会ポスターも含め、総合芸術としての美を追求した点に特徴がある。

クリムト《水蛇Ⅱ》1904–1907年

クリムト自身の作品はこの流れの中で頂点を迎えた。特に「黄金様式」と呼ばれる時期の作品群は、父から受け継いだ金属装飾への関心、ビザンティン美術のモザイク、日本美術の平面構成などを融合し、比類なき華やかさと官能を放った。それは19世紀的アカデミズムと20世紀的モダニズムを橋渡しする、まさに世紀末美術の象徴であった。

ベートーヴェン・フリーズ

ベートーヴェン・フリーズ

1902年、ウィーン分離派は音楽家ベートーヴェンを讃える特別展を開催した。クリムトはその中心人物として、ゼツェッション館の壁面に《ベートーヴェン・フリーズ》を制作する。全長34メートルにも及ぶ大壁画は、分離派の理念である「総合芸術(ゲザムトクンストヴェルク)」を体現したものだった。

ベートーヴェン・フリーズ、歓喜の歌

この作品は、ベートーヴェン交響曲第9番「歓喜の歌」を視覚化したものである。人間が地上の苦悩と誘惑を乗り越え、芸術の力によって至福と自由に至るという物語が、象徴的な人物像や装飾的なモチーフによって展開されている。裸の人間群像や幻想的な怪物たち、黄金や貴石を思わせる装飾が壁を覆い尽くし、観る者を圧倒する。

ベートーヴェン・フリーズ,敵対する勢力

当時は挑発的すぎるとして賛否両論を呼んだが、クリムトの装飾性と象徴性がもっとも鮮烈に結晶した作品であり、その後の「黄金様式」を準備する決定的な転機となった。批判を恐れず、官能と理想、装飾と精神性を融合させたこのフリーズは、世紀末ウィーンの精神を象徴する傑作である。

現在、《ベートーヴェン・フリーズ》はゼツェッション館に恒久的に保存され、クリムトの代表作のひとつとして、訪れる人々を「視覚の歓喜」へと導いている。

クリムトの風景画 : 模様になった自然

《ひまわり》1907年頃、オーストリア絵画館

《ひまわり》1907年頃、オーストリア絵画館

クリムトといえば《接吻》や《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像》に代表される黄金様式の人物画が有名だが、実は風景画も数多く残している。避暑を過ごしたアッター湖畔は、クリムトにとって格好の創作の場だった。湖と村、山肌と森。そこに人物は登場しない。けれども画面は、人物画と同じように装飾的で、むしろより自由にリズムと色彩を遊ばせている。

《花咲く庭の草原》1906年、個人蔵

代表作のひとつ《花咲く庭の草原》(1906年)は、視界いっぱいに小さな花が散りばめられたキャンバスである。水平線をほとんど見せず、無数の色点がきらめくその画面は、草むらに寝転んだときの体感をそのまま描いたかのようだ。近づけば抽象、離れれば花畑。視点によって表情を変える“二段変形”の楽しさがある。

《アッター湖畔のウンターアッハの斜面》1916年、個人蔵

晩年に近い《アッター湖畔のウンターアッハの斜面》(1916年)は、湖畔の村と緑の斜面をモザイクのように詰め込んだパノラマ。木々や家々はまるで幾何学模様の一部となり、村全体が巨大な装飾パターンに変わる。ここでもクリムトは、現実の風景を単なる「写生」ではなく、装飾的リズムとして再構成している。

風景画においてもクリムトは“装飾の魔術師”であった。人物も金箔もなくとも、自然そのものをテクスチャとして編み込み、視覚の快楽を生み出したのである。これらの作品は、彼がウィーン世紀末の画家であると同時に、モダンな抽象感覚を先取りした存在であったことを物語っている。

クンストシャウの栄華

クンストシャウ(1908年)の栄華

1908年、ウィーンで開催された大規模な総合芸術展「クンストシャウ」は、クリムトにとって大きな転機となった。前年にゼツェッション館を離脱したクリムトは、新しい活動の場を模索しており、この展覧会はその成果を示す重要な舞台となった。

この展覧会は絵画・彫刻に加え、工芸や建築、舞台芸術までを網羅する“総合芸術展”として構想され、350名を超える芸術家が参加した。ウィーン郊外に建てられた巨大な木造館では、芸術と生活を結びつける壮大な空間が演出された。

クリムトのためには特別に 「22番の部屋」 が用意され、《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》など、16点の作品が展示された。その中でも大きな注目を集めたのが、初公開された《接吻》である。当時は《恋人たち》というタイトルで、25,000クローネ(現在の価値で約7,600万円)という高額で売却。クリムトの名声を決定づけた。また、《ダナエ》も同時に展示され、8,000クローネ(現在の価値で約2,400万円)で取引された。

「クンストシャウ」は単なる展覧会にとどまらず、芸術の新しいあり方を示し、クリムト自身の芸術的評価と経済的基盤を強固にした歴史的な出来事だったのである。

晩年のクリムト

《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 II》1912年

1910年代に入ると、クリムトの画風は金箔を多用した「黄金様式」から離れ、より色彩豊かなスタイルへと移行した。

《エリザベート・レーデラーの肖像》1914〜16年,個人蔵

《エリザベート・レーデラーの肖像》1914〜16年,個人蔵

《アダムとイヴ》《女の三世代》などに見られるように、柔らかい筆致で肉体や自然を描き出す姿勢が強まった。

エゴン・シーレとの出逢い

エゴン・シーレ

同時に、若い世代の画家たち、とりわけエゴン・シーレやオスカー・ココシュカと交流し、強い影響を与えた存在でもあった。シーレにとってクリムトは庇護者であり、助言者であり、精神的支柱のような存在であった。

1910年以降は国内外での評価がさらに高まり、ローマやドレスデン、ミュンヘンなどの国際展に参加し、ウィーンにとどまらずヨーロッパ美術の重要人物として注目されるようになった。経済的にも安定しており、《接吻》の成功以降、パトロンやコレクターからの注文は絶えなかった。生涯、一枚も自画像を描かなかった稀有な画家である。

クリムトは生涯独身であったが、多くの女性モデルと関係を持ち、少なくとも14人の子供をもうけたとされる。晩年は健康を崩し、1918年2月6日、脳卒中と肺炎の合併症により55歳で死去した。その死は「世紀末ウィーン」の幕引きを象徴する出来事となった。

クリムト絵画の代表作12選

《パラス・アテナ》

パラス・アテナ、クリムト

  • 制作: 1898年
  • 寸法: 75cm×75cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: ウィーン・ミュージアム(オーストリア)

黄金の甲冑をまとった知恵と戦の女神アテナを描いた《パラス・アテナ》は、クリムトが「黄金様式」に向かう転換点となった作品である。深い緑の背景に浮かぶ金の輝きは、のちの代表作を予告するように神秘的な光を放っている。正方形の画面は緊張感を強め、女神を聖域のごとく浮かび上がらせる。

アテナの顔は冷たく無機質で、胸には不気味な仮面が描かれる。左手に掲げる小さなニケ像も不安定で、秩序と混沌、知恵と破壊の二面性を示している。

当時の保守的なアカデミズムに対し、象徴性と装飾を前面に押し出したこの絵は、翌年に結成されるウィーン分離派の精神を体現していた。アテナは挑発的な守護神であり、同時にクリムト自身の化身でもあった。

《ヌーダ・ヴェリタス》

師匠が観た《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)》

  • 制作:1899年
  • 寸法:244 cm × 56 cm
  • 技法:油絵、カンヴァス、金箔
  • 所蔵:オーストリア演劇博物館

縦長の画面に描かれた《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)》は、クリムトが初めて本物の金箔を用いた挑戦的な作品である。全裸の女性が蛇を足に絡ませ、正面から観る者を射抜くように立ち尽くす。その上にはシラーの言葉が金文字で記され、「大衆に迎合せず、少数を満足させればよい」と宣言するように響く。

この裸婦には官能や誘惑の匂いがない。無表情の眼差しは羞恥も媚びもなく、むしろ「虚飾を脱ぎ捨てよ」と迫る力を帯びている。足元の蛇は誘惑の象徴であると同時に、悪を踏みしめる力強さの表現でもある。裸体は性的な消費ではなく、真実だけを纏う存在として提示されているのだ。

背景の水色と黄金の髪は仏画の光背を思わせ、観音像のような静謐さを漂わせる。そこには、装飾美を突き抜けて本質へ迫ろうとするクリムトの姿勢が表れている。《ヌーダ・ヴェリタス》は、官能の画家という枠を超え、芸術と真実への信念を示した一枚。

《ユディト》

クリムト《ユディト》

  • 制作:1901年
  • 寸法:84 cm × 42 cm
  • 技法:油絵、カンヴァス、金箔
  • 所蔵:オーストリア絵画館

旧約聖書に登場する未亡人ユディトは、敵将ホロフェルネスを誘惑し斬首することで祖国を救った女性である。多くの画家がこの主題を描いてきたが、クリムトはそれを単なる聖書画ではなく、20世紀初頭ウィーンの空気を纏う現代的な女性像へと変貌させた。そこに漂うのは、魔性と冷徹さが共存する新しい「救済者」の姿だった。

クリムトのユディトは、正面を堂々と見据える。彼女の眼差しには勝利の誇示も羞恥もなく、ただ無感情に快楽と暴力を遂行した後の静けさが漂う。片胸だけを露わにし、斬られた首も一部しか見せない「欠けた構図」は、見る者の想像を刺激し、官能と死の境界をより一層あやしく輝かせている。性交と殺生、生と死という両極を重ね合わせることで、最大の背徳が最大の悦楽となる構図を作り出している。

クリムトにとってユディトは、キリストの対極にあるようでいて同じ「救済者」。十字架の代わりに掲げるのは生首であり、救済の手段は官能と殺戮。その極端な手段によって、倫理を超えた救済をもたらす存在として描かれている。《ユディト I》は、黄金様式の幕開けを告げると同時に、女性の魔性と神秘を究極的に表現した傑作である。

《女の三世代》

クリムト《女の三世代》

  • 制作:1905年
  • 寸法:180 x 180 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ローマ国立近代美術館(イタリア)

《女の三世代》(1905年)は、クリムトが43歳の頃に描いた正方形の油彩画で、現在はローマ国立近代美術館に所蔵されている。黄金様式の最盛期に位置しながらも金箔を用いず、肉体の質感や陰影を徹底して描くことで、人間存在の現実性を前面に押し出している点が特徴である。

画面には、眠る幼子を抱く若い母と、その背後に立つ老女が配置され、「誕生・成熟・老い」という人生の循環が一枚に凝縮されている。母の肉体は官能と安らぎを湛え、幼子は母性の象徴として溶け込む。一方、老女の身体は血管や皺まで厳密に描写され、死の影を漂わせる。相反する美と衰退を同時に並べることで、クリムトは愛と死、誕生と終焉が不可分であることを示している。

背景は黒を基調に、赤みや金色の装飾が点在し、生命と死の対比を強調する。円や螺旋のモチーフは卵子や細胞を連想させ、生命力そのものを象徴している。金箔を排したことで、光は筆致と色彩から生まれ、皮膚の温度差や生命の時間的な差異がより生々しく浮かび上がる。

《女の三世代》は、装飾的な記号よりも肉体そのものに象徴性を託した作品であり、黄金時代の只中で生まれた「快楽と存在の真実を結ぶ」転調の傑作である。

《アデーレ・ブロッホ=バウアの肖像》

クリムト《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》

  • 制作:1907年
  • 寸法:138 × 138 cm
  • 技法:油絵、カンヴァス、金箔、銀箔
  • 所蔵:ノイエ・ガレリエ (アメリカ)

ウィーンの大富豪の妻アデーレを描いた正方形の肖像で、クリムトの黄金様式の極致。第二次大戦ではナチスに奪われ「黄金の女性」と改題され、戦後も遺族とオーストリア政府の間で所有権を巡る争いが続いた。2006年には1億3500万ドルで売却され、当時の史上最高額を記録し、現在はニューヨークのノイエ・ガレリエに収蔵されている。

絵の魅力は、幻想と現実を接点で融合させた点にある。血の温度まで感じさせるほど生々しい顔と腕に対し、身体を覆うドレスや背景は金と文様の渦に溶け合い、幽玄な世界へと引き込む。日本の能装束を思わせる装飾性と、女性像の現実感が拮抗することで、アデーレはこの世と異界の狭間に佇む。

黄金は永遠を象徴すると同時に、その儚さをも映し出す。愛や美は移ろいゆくものであり、クリムトはその「弱さ」を祈りのように金箔に託した。だからこそこの肖像は、単なる美の記録ではなく、「永遠ではないからこそ輝く美」を封じ込めた傑作として、今も人々を惹きつけている。

《ダナエ》

クリムト《ダナエ》

  • 制作:1907-1908年
  • 寸法:77 cm × 83 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ヴュルトレ画廊(オーストリア)

ギリシア神話を題材に、幽閉された王女ダナエのもとへ黄金の雨に姿を変えたゼウスが訪れる瞬間を描いた作品。他の画家が忍び込む場面を描いたのに対し、クリムトは行為そのものの恍惚を正面から描き、官能を「美と神の交差点」として提示した。

画面は余白なく埋め尽くされ、手足を窮屈に折り曲げた姿勢によって幽閉の日々の息苦しさを表す。一方で目を閉じたダナエは外界ではなく内面に沈み、胎児のように丸まった姿で「男を知ることで生まれ直す」瞬間を迎えている。そこに描かれるのは苦しみを超えた至福の絶頂である。

黄金の雨を精子のごとく描き込み、愛と受胎の象徴とした点はまさにクリムトの真骨頂。官能をここまで濃密に描ききった画家はクリムトだけであり、レンブラントに迫る稀有な傑作となっている。

《接吻》

グスタフ・クリムト《接吻》、正方形アートの最高傑作

  • 制作:1907-1909年
  • 寸法:180cm×180cm
  • 技法:カンヴァス、油彩
  • 所蔵:オーストリア絵画館 (ウィーン)

クリムト45歳の頃に描かれた黄金様式の頂点であり、ウィーンのオーストリア絵画館に所蔵される代表作。1908年の「クンストシャウ」で「恋人たち」として初公開されるや大好評を博し、国家に買い上げられた。完成は1909年で、足元の草花や装飾に修正が加えられ、金箔だけでなく銀箔も用いられている。

画面は正方形に収められ、二人の頭部と手、女性の肩と足元以外は装飾的な文様に覆われる。男性の衣には硬質な長方形、女性の衣には柔らかな円形が散りばめられ、男女の象徴が寄り添いながらも交わらない緊張を生む。崖の縁に咲く花々、黄金の渦が包み込む構図は、生命と官能の輝きを宇宙的なスケールで表している。

しかし、この絵が描くのは「幸福なキス」ではなく、その直前に漂う曖昧さだ。女性は求めるようで拒むようにも見え、愛の成立と崩壊の境界に立つ。《接吻》は愛の完成を讃えると同時に、その未完性と不安を刻んだ作品である。均衡しすぎる正方形の中に「小さなバベル」としての不均衡を潜ませたからこそ、100年以上経った今も人々を魅了し続けている。

《抱擁》

グスタフ・クリムト《抱擁》、黄金様式の最高傑作

  • 制作: 1910年
  • 寸法: 42×34cm
  • 技法:油彩、金箔、銀箔、大理石、エナメルなど
  • 所蔵: ストックレー邸(ベルギー)

1910年に描かれた《抱擁》は、クリムトの最高傑作。黒チョーク、水彩、金銀銅箔を用い、衣をまとった男と花柄のドレスの女が抱き合う姿を黄金の渦に包み込む。男は背を向け、女は瞳を閉じ、陶酔と静けさの狭間にある。

この作品は、ベルギーのストックレー邸ダイニングを飾る装飾壁画「ストックレー・フリーズ」の一部。中央の「生命の樹」を挟み、左に「期待」、右に「抱擁」が並ぶ構成で、建築・工芸・絵画を融合した総合芸術として完成した。

男性の衣は男根を象徴し、その亀頭に女性が抱かれる。愛と性、生命と死を一瞬に凝縮し、黄金は「永遠」ではなく「儚い刹那」を示す。だからこそ、見る者は祈るように「STAY GOLD」と願わずにいられない。

《処女》

クリムト《処女》

  • 制作:1913年
  • 寸法:190 cm × 200 cm 
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: プラハ国立美術館(チェコ)

1913年、クリムトが「黄金時代」から「多彩の時代」へ移行する時期に描いた大作。6人の女性が胎内のような空間で渦を巻くように絡み合い、眠りと目覚め、無垢と官能の狭間を漂っている。

それぞれの姿は、正常位や騎乗位など多様な性愛の象徴を帯び、花文様や装飾は肉体を隠すのではなく輝かせる。女性たちの表情は処女性よりも、すでに快楽を知る存在として描かれ、官能曼荼羅のように構成されている。

《処女》は処女性を讃えるのではなく、性の目覚めと官能の極みを同時に描いた夢幻の渦であり、生命と欲望の永遠の循環を映す作品である。

《メーダ・プリマヴェージの肖像》

クリムト《メーダ・プリマヴェージの肖像》

  • 制作:1912-1913年
  • 寸法:149.9 x 110.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

クリムトが描いた数少ない少女像にして傑作。パトロンだったプリマヴェージ夫妻の娘9歳のメーダをモデルに、ライラック色の背景と白いシルクのドレスが透明感と華麗さを放つ。

毅然とした眼差しには、幼さと未来への強い意志が同居している。花々に彩られた床や衣服は、少女が成長し女性へと変わる推進力を象徴している。可憐さと凛烈さが溶け合うこの一瞬を、クリムトは永遠の詩へと昇華している。

《死と生》

グスタフ・クリムト《死と生》

  • 制作:1915年
  • 寸法:178 cm × 198 cm 
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: レオポルド美術館(オーストリア)

1915年、クリムトが50代で完成させた最晩年の傑作。左には力を失った死神、右には赤ん坊や母、恋人たちが寄り添う「生」の世界が描かれる。死神は孤独に立つが、それは寂しさではなく見守りの強さを示す。

クリムトは「死」を先に置くことで、宇宙の誕生が破壊=無から始まった真理を暗示した。死と生は対立ではなく調和であり、終わりがあるからこそ命は輝きを持つ。

この作品は、生と死の循環、つながりと孤独、そして見守るまなざしを同時に描き、人間存在の根本的な問いに迫る一枚である。

《アダムとイヴ)》

グスタフ・クリムト《アダムとイヴ》

  • 制作: 1918年
  • 寸法: 173×60cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: オーストリア絵画館

1918年、クリムトが亡くなる直前に手がけ、未完のまま残された晩年の傑作。聖書を題材とした唯一の作品で、イヴが堂々と前に立ち、アダムが背後で身を委ねる構図が特徴的である。

白く輝く肌のイヴと褐色のアダムの対比、背景の豹柄や足元の花々が装飾性を加えつつも、全体は生身の人間的な存在感を強調している。未完成ゆえに筆の動きや構想のプロセスが残り、生々しさと immediacy を生む。

クリムトは最期に、女性を導く存在、男を包み込む存在として描いた。そこには誘惑者ではなく、知恵と力を持った女性像が集約されており、男女の永遠の関係性を象徴する作品となっている。

クリムト作品を鑑賞できる日本の美術館

代表作と呼べるものはないが、日本の美術館にもクリムト作品が所蔵されている。それは10代の初期作から亡くなる50代の晩年作まで、幅広いクリムトの画業に出逢える旅である。

東京富士美術館《横顔をみせる少女》

クリムト《横顔をみせる少女》1880年

  • 制作:1880年頃
  • 寸法:24.0×16.8cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:東京富士美術館

クリムトが10代で描いた最初期の貴重な作品。伝統的な写実絵画だが、クリムトの画力の高さが垣間見える。

愛知県美術館《黄金の騎士》

グスタフ・クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》1903年

クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》

  • 制作:1903年
  • 寸法:100 cm × 100 cm
  • 技法:油彩、テンペラ、金箔、画布
  • 所蔵:愛知県美術館(名古屋)

1903年に出品されたときは「Das Leben ist ein Kampf』(人生は戦いなり)」というタイトルだったが、1905年にクリムトが「Goldene Ritter』(黄金の騎士)」と呼んだ。日本の公立美術館が初めて収蔵したクリムトの油彩画である。

豊田市美術館《オイゲニア・プリマフェージの肖像》

グスタフ・クリムト《オイゲニア・プリマフェージの肖像》1913年、14年

グスタフ・クリムト《オイゲニア・プリマフェージの肖像》1913年、14年

  • 制作:1913年〜14年
  • 寸法:140 cm × 85 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:豊田市美術館(愛知県)

クリムトの晩年作。オイゲニア・プリマフェージは元女優で、夫は富裕な銀行家、クリムとのパトロンだった。トヨタ自動車の寄付金により約17.7億円で購入され、現在は豊田市美術館で展示されている。

クリムトの絵画が女性に支持される理由

クリムトの絵画が女性に支持される理由

クリムトの裸婦や官能的な絵は、性器や性行為の描写が多い。

しかし、クリムトの絵は「ただのエロ絵」ではない。その根底には徹底的なエロスがある。性器を隠さず、快楽の陶酔を真正面から描く。普通なら女性が嫌悪してもおかしくない。なのに女性から圧倒的に支持される。

西洋美術の裸婦はほとんどが「男に見せるための身体」だった。だがクリムトの女たちは違う。彼女たちは自分の快楽に沈んでいる。閉じた瞳、開かれた脚、恍惚の表情。それは「見られるため」ではなく「感じるため」に存在する。

普通なら猥褻とされる描写を、クリムトは黄金の装飾で包んだ。性欲=下品、恥ずかしい、ではなく、性欲=宝石、栄光、生命の輝きとして差し出してくる。これほど強烈な「欲望の昇華」は他にない。女性にとっては、「自分の奥底のドロドロした欲望も美しい」と認められる瞬間になる。

女性は誰しも「犯されたい」「支配されたい」という潜在願望がある。理性では否定しても、潜在意識の奥底で甘美な幻想として抱えている。クリムトはそれを隠さず絵にした。だから女性は怖さではなく、むしろ甘美な解放感を覚える。クリムトは男性のための絵画を描いたのではなく、女性の潜在意識を代弁する画家だった。

クリムトの女たちは単なる裸婦ではない。絡み合う模様、渦を巻く装飾の中で、女の身体は「宇宙の核」のように輝いている。これは「男が消費する裸」ではなく、世界を動かすエロスそのもの。女性はそこに「自分の欲望も世界を揺さぶる力を持つ」という肯定を見出す。

男のエロは消費だが、女のエロは陶酔だ。男の裸婦画は「見る快楽」だが、クリムトの裸婦画は「感じる快楽」。その差は致命的に大きい。

クリムトは知っていた。女は本能的に欲望に弱い。金銀財宝に心が動くように、性の肯定に心を奪われる。だがそれは「弱さ」ではない。むしろ生を肯定する強さである。

クリムトはその強さを、黄金の渦に刻んだ。だからこそ、100年経っても、女はクリムトの絵の前で足を止める。震えながら、微笑みながら、呟く。

「これは、私だ」と。

クリムトとシーレ, 陶酔と暴露のあいだ

エゴン・シーレ 《横たわる女》1917年,レオポルド美術館蔵

クリムトの裸婦を前にすると、女は微笑む。閉じた瞳、開かれた脚、黄金の渦に包まれた恍惚の顔。そこには「見られる身体」ではなく「感じる身体」がある。クリムトは性器も官能も隠さないが、それを宝石のように輝かせる。

女は呟く。「これは、私だ」と。

自分の奥底の欲望が、美しいものとして肯定される解放感。それがクリムトの魔力である。

一方で、エゴン・シーレの絵に立ちすくむ女は、震える。鋭利に歪んだ手足、骨ばった胴体、むき出しの性器。そこには黄金の救いも、装飾の仮面もない。シーレは女の欲望を飾らず突きつける。陶酔ではなく暴露。

シーレの絵を前に女は戸惑いながらつぶやく。「これも、私か」と。恍惚よりも、曝された赤裸々な現実に息を呑む。

クリムトは女を「陶酔」させ、シーレは女を「暴露」する。前者は甘美な夢の渦、後者は鋭利な鏡の刃。二人の絵を往復することで、女は知る。欲望とは甘美であると同時に、恐ろしくもあることを。黄金に包まれても、骨に突き刺さっても、エロスは生の中心にある。

官能を「感じる快楽」として描いた者と、官能を「曝け出す痛み」として描いた者。二人は同じ裸婦を描きながら、女の心にまったく逆の震えを走らせる。

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